よみタイ

食べられる人

記事が続きます

 この連載で前にも書いたけれど、野菜の一日の摂取目標値についてはそれなりの指針はあるが、シニアの炭水化物の適量については一律はなく、食事内容をチェックしてくださった管理栄養士の先生によると、私は炭水化物が少ないとの判定だった。自分の体に聞くのがいちばんいいといわれても、自分の体の感覚を全面的に信用していないので、何らかの目安が欲しいのだ。
 五十代、六十代と、私はずっと二十歳の頃の体重を維持していたのだけれど、古稀を迎えたとたんに、神様がお祝いしてくれたのか、二キロの体重増加のプレゼントがあった。これがどうやっても減らないのである。一度、御飯の量を少なめにしていたら、風邪っぽくなってきて、あわてて元の量に戻したら、すぐに治った。シニアになったら、体調管理のなかに、それなりの体重も必要なのかもしれないと納得はしたけれど、
「そんなに体重を増やしていいものか」
 とも思う。
 二キロ増えた分、体脂肪はマイナス標準ぎりぎり、BMIは普通体重の範囲には入っているが、遮光器土偶が他人とは思えない体型となると、もうちょっと体が締まっていてもいいのではないかと考えることもある。お茶のお稽古に行くと、必ず一キロ以上減り、
「しめしめ」
 と喜んでいると、必ず翌日には元に戻るので、それがちょっと悲しい。近所にスーパーマーケットはあるけれど、運動のためにと隣町まで歩いて買い物をするのだが、そのときは体重が減っても、いつの間にかまた増えている。神様のプレゼント以上には増えないのだが、一キロの間を減ったり戻ったりを繰り返していて、我ながら、
「何とかならんかい!」
 とちょっと腹が立っている。
 細身の服が着たいわけではない。終活のために服は減らし続けているので、そうなると着るのは着物になって、微妙なサイズは関係なくなる。私としては、何としても晩御飯の後、風呂に入る前の体重測定で、五十キロは超えたくないのだが、残念ながら古稀を過ぎてからは少しではあるが超えている。増えた直後は、たまたま増えただけで、そのうち徐々に減っていくだろうと考えていたのだが、まったく減る気配がない。以前はそれが可能だったのに、根本的に元に戻る体重の基準値が上がってしまったらしい。
 そんな話を先生にしたら、
「その歳になってのダイエットはだめよ」
 といわれた。シニアになると、急激に体重が減るのはとてもよくないことなのだそうだ。「体重が増えるほうが、まだましかもしれない」
 といわれた。体調に影響があるほどの肥満体だったら、適正体重に戻す必要があるかもしれないが、とにかくシニアは痩せるということが、後々に響いてくるようだ。今はまあ、問題なく動けるので、
「そんなものですかねえ」
 と話を聞いているが、御長命の女性の方々は、
「それまでは何ともなかったけれど、さすがに七十五歳を超えたら、体がきつくなってきたわよ」
 と、みなさんが口を揃えていっていた。女性の鬼門は後期高齢者の入り口、七十五歳らしい。書評のために読んだ本には、八十歳はバランスを崩して倒れるが、九十歳になると立っていて倒れると書いてあって驚いたこともある。
 ラジオを聞いていたら、女性芸人さんがおじいさんの話をしていた。年齢が百一歳だそうで、パチンコが大好きで自転車を漕いで行くのだけれど、年金をつぎ込むので、禁止令が出た。ケーキ、餡子などの甘い物、その他、揚げ物、鰻なども好きで、とてもよく食べるのだそうだ。訪問介護の看護師さんも家に来るのだけれど、嫌いな人が来ると死んだふりをしたりと周囲をあわてさせたりもする。そして看護師さんが、
「去年から体重が七キロも増えているのはすごい」
 と感心していたのだそうだ。その年齢になると太ることはほとんどないのに、百歳を超えても体重が増えている。それはおじいさんにちゃんと食事をする習慣があったからなのだろう。
 たしかに高齢になるとしぼんだという話ばかりで、太ったという話はほとんど聞かない。私の母方の祖母は、八十歳を過ぎてちょっと太ったので、体重を減らそうとこっそり縄跳びをしていたが、同居している長男に見られてしまった。当然、彼からは、
「危ない。年寄りがそんなことをするな」
 と怒られて跳び縄を取り上げられた。祖母は私に、
「ばれちゃったのよ。どうしても跳んだ後に鼻息が荒くなっちゃうからねえ」
 と残念そうにいっていた。彼女は亡くなるまで杖もつかずに自力で歩いていた。朝御飯もちゃんと食べ終わり、リビングでソファに座ってくつろいでいたときに、九十六歳でころっと亡くなった。彼女の傘寿のお祝いに神様から体重のお祝いがあり、芸人さんのおじいちゃんにも、同様に百歳のお祝いがあったのかもしれない。もしも私が傘寿になれたとして、そのときにもまた神様のお祝いがあるかもしれないが、そのときはもう腹をくくって、甘んじてそれを受けようと思っている。

記事が続きます

^^^^^^^^^^^^^^^^
次回は8月13日(水)公開予定です。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

新刊紹介

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』『雑草と恋愛 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事