よみタイ

介護や育児――。誰にも届かなかったケアラーの心の声を舞台という装置で表面化する。かつてない上演プロジェクト@サテライト・コール・シアター【前編】

手話通訳や音声サポートなどのアクセシビリティ(情報保障)をはじめ、誰もがミュージアムを楽しめる取り組みを総称してアクセス・プログラムといいます。
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。

アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについてーー。
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考察します。

介護や育児といった自分以外の他者への「ケア」は、それが家庭という閉ざされた空間の中で行われた場合、個人的な問題として扱われるようになります。
それゆえに、ケアラーが抱えている悩みや、不満、葛藤は社会的に届かない声として見過されていることも多いはず。
この「声」に丁寧に耳を澄ませ、そして演劇というフォーマットに落とし込んだ新しい上演プロジェクトが東京八重洲にあるギャラリーで開催中です。今回はそのプロジェクトをレポートします。

記事が続きます

家でのケアに関わる「ホーム・ケアリスト」の声に耳を澄ます

東京駅を行き交う人波を抜けたアートセンター「BUG」で、「サテライト・コール・シアター」という上演プロジェクトが7月21日(月)まで開催されている。子育てや介護など「家」でのケアに関わる人々を「ホーム・ケアリスト」と名付け、公募によって参加者を募った。普段、誰かのケアラーとして日々を過ごす一般参加者が出演すると聞き、7月4日の初日に行ってみた。

「サテライト・コール・シアター」会場風景   撮影:筆者
「サテライト・コール・シアター」会場風景  撮影:筆者

BUGの空間には、机と椅子が緩やかな曲線を描いて並び、コール・センターとしての舞台が作り上げられていた。鑑賞者には臨時職員という役が与えられ、1枚のマニュアルをもらう。壁面の展示を見ていると、電話が鳴った。臨時職員役の一人が「はい、サテライト・コール・シアターです。もしもし、聞こえますか」と応答する。「はい、聞こえます」。ホーム・ケアリストが語り出し、母との旅行の思い出から、育児にまつわる夫との関係、父と母の関係など、言葉を継いでいく。録音ではなく、ライブで電話をかけてきており、臨時職員は質問やコメントはせず、静かに耳を傾ける。

10分間の通話が終わった後、「ケアの業務連絡メモ」を書く。そこには「ホーム・ケアリストの物語から何を受け取りましたか?」「この通話で、社会に“報告すべきこと”があるとすれば、それは何ですか?」といった質問があり、記入したら「声の中継地点」という壁面にそのカードを貼りに行く。これら一連の行為がすべてライブな“上演”となっている。通話者は12人おり、鑑賞者との組み合わせからしても同じ状況は二度とない。

(上)臨時職員として電話を受ける体験。(下)業務連絡メモを記入し、声の中継地点に貼る。
(上)臨時職員として電話を受ける体験。(下)業務連絡メモを記入し、声の中継地点に貼る。

実はこのプロジェクト、「BUG」を運営するリクルートホールディングスが主催する、アートワーカー(企画者)のための支援プログラム「CRAWL」の一つ。公募で選出された、演劇教育にも携わる一般社団法人ハイドロブラストのプロデューサーで、俳優の竹中香子さんが企画・演出を手がけている。

竹中香子さん 撮影:筆者
竹中香子さん 撮影:筆者

会期中の開場時間の間に、ホーム・ケアリストは、自身のケアの合間を見て電話をかけることになっている。展示を見ている途中に次の電話が鳴った。男性のホーム・ケアリストから母へのメッセージを聞いているうちに、その母が故人だとわかった。また電話が鳴ると、やはり話を聞いてみたくなる。障害を持つ子どもとそのきょうだい児への母の思い。どの物語も単なる愚痴や悪口などではなく、その語り口も、音楽にして生演奏する者がいたり、落語にしてユーモラスに語る者がいたり、様々に工夫が凝らされている。臨場感のあるドキュメンタリーのようであり、ラジオドラマを聞いているようでもある。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

新刊紹介

白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

週間ランキング 今読まれているホットな記事