よみタイ

1日1組だけが味わえる、規格外にして極上のフランス料理 〜Apis〜

「綾子さんに聞けば間違いない!」――美味なレストランも気の利いた手土産もとびきりのお取り寄せも、おいしいものには死ぬほどうるさいギョーカイのみんなが頼りにするのが、フードパブリシスト高橋綾子のグルメ手帖。誰もがうなる美味の数々を惜しげもなく公開します!

フランスから帰ってきたすごいシェフの店が三田にできたよ、とのお誘いでお伺いしたのが「Apis」。

一発で気に入ってしまったので、この連載の「知る人ぞ知る名店シリーズ」に登場してもらおうかと思っていたのに、すでにあちこちの媒体で紹介されてしまい、むしろ「予約が取れない店シリーズ」の初回となるかもしれません。

なんせ、このすごいシェフのお料理をいただけるのは1日1組ですから。

このすごいシェフは横田悠一さんといいます。

24歳で料理の道に入り、26歳で渡仏、8年目に帰国して、今はこちらで修業の成果を発揮しています。
この店ではフランス料理の枠を超えたフランス料理がいただけます。

なんじゃそりゃ!って思いますよね。まぁ、論より証拠、ご覧になってください。

お漬物? いや、フランス料理なのでピクルスか。

博多長茄子、半白節成、茗荷を削ったヒノキを入れてマリネしている。
する〜、ヒノキ! 野菜の味のあとにヒノキの香り。それにしてもよくヒノキを入れようなんて思いつくなぁ。

洋梨の上にのせたのは横田さんが梅山豚で作った生ベーコン。

なんてムッチリとしてキレイな脂のベーコンなのだろう。もたれることなんて絶対にないヤツだ! 洋梨と動物性脂肪のコンビネーション、本当においしい、おいしすぎる。なんでこんなにおいしいの?

「これ、りんごで作ったお酒です。洋梨もそろそろ出来あがります」と横田さん。

砂糖も水も使わず6kgのりんごをスピリタスに1週間漬け込んで、ミキサーで粗めに撹拌する。それを絞って煮詰めたものをソーダで割る。

なんて贅沢な味わい! 横田シェフ、ベーコンだけでなくお酒も作っちゃうのか。

自給自足のレストランを作るのが夢なんですって。

野菜も米も肉も、さすがに魚は……あ、養殖って手があるか。もちろん調味料も手作り。いつから“なんでも作っちゃう人間”になったのでしょうか? それはね……、

両親が共働きだったのでいつしか自分で料理をするようになっていた。
家で米や野菜を作っていたから外食もほとんどせず、市販のものを買うのも好きではなくなった。

なるほど、“なんでも作っちゃう人間”はこうやって形成されたのね。

料理人になってから、さらに拍車がかかったようで、「アルザス修業時代に肉屋さんにソーセージ作りを教わったのがきっかけでなんでも作りたがりになってしまいましたね。今回、洋梨に使ったベーコンも、好みのものが見つからなかったので作りました」と。

アルザスでは猟も狩りも屠畜も経験した。
「季節によって食べているものが違うので肉の味も変わります。そうすると仕込みも変えなければならない。そこからですかね、野菜も地質や産地が気になり始めたのは」

そんな環境で育ったら、自給自足のレストランを目指すのは至極当然でしょうね。

さて、この店にはメニューはありません。

フランス料理屋さんだけど、ちょっと変わったアプローチをしているので、最初は自己紹介から始めることにしたそうです。
どんな料理人なのか、どんな料理を作るのかを伝えて、今度はお客さまに食べたいものやお腹の空き具合をヒアリング。そして料理プランを即興で組み立てる。時には天ぷらやお刺身も出す。

「割烹に近いですかね。その方が自分もワクワクするんです」と。

そんなんで登場したのがコレ。
「朝、届いたラングスティーヌ(赤座海老)です。北京ダックみたいに皮に海老やハーブをのせて、マトロットソース(赤ワインベースの肉や魚介の出汁を合わせた)に干した貝柱やアサリや海老、タマネギや椎茸を入れてXO醬風にしたものをかけて巻いてください」

おほほほほ〜。ラングスティーヌが甘いっ!

ほんのり温かい海老は火が通っているのにレアのようにやわらかく歯切れも良い。何なの? この食感は。そしててっきり中国料理かと思いきや、味わいは完全にフランス料理なのですよ。

ここでチェイサーのように置いてあるコンソメをグビっと。オホホホホ〜。

これは何と極上の味なのでしょうか。海老のうまみと香りが一気に全身に充満する。普通のスープサイズで、いや、ダブルで出してもらいたい。脇役のような顔して主役級じゃないですか!

本当にこれを今の今、考えて作ったの? マジで試作なしだ。

「この料理、初めて作ったのですが、頭の中で何度も試作しているので僕の中では1ヶ月毎日作り続けたのと同じくらいの出来栄えです」と。

ブラッシュアップって言葉は横田さんの辞書にはないのか?
頭の中でシミュレーションして作れば思い通りの味が出せるってこと?

天才だ。

〆は炊きたての土鍋ごはんで「ねこまんま」と「TKG」から選びます。

埼玉のご実家で作ったお米を、横田さん自ら汲んでくる日本百名水のひとつ「日本水」で炊いています。
勝どき「タイコウ」の稲葉さんの鰹節を横田さんがその場で削って、埼玉「はつかり醤油」をたら〜り。

同じ土地の食材同士は相性が良いって言うけどホントだな。

まるまるとした黄身と弾力のある白身が特徴の埼玉「田中農場」の卵。
濃厚なコクと甘みがあり「TKG」にはもってこい。

大粒で粘りが強くふっくら炊き上がった横田さんの実家のお米が卵と絡めば最強だ。
しかも今年のお米はおいしさを表す指数のひとつ「食味値」が90/100点と、素晴らしい出来。標準が60〜65点だそうなので、どんなにおいしいかわかりますよね。

デザートはりんご尽くしのひと皿です。
りんご酵母を入れた生地をりんごに入れて焼き……、え? りんごに入れてって言いました?
「はい、リンゴの中をくりぬいてそこに生地を入れて焼いています。添えたのは先ほど飲んでいただいたりんごのリキュールをソルベにしたものです」。あぁ、ここで料理がコースとして繋がるのか。

でもなぜデザートにパン?

「パンはお店を出すにあたって絶対に作りたかったのです。でも途中で食べるとお腹が膨れてしまいますよね。かといって料理の数を減らしたくはない。だからデザートにしました。冷たいソルベが一緒だと不思議と食べられますよ」

まぁ、たくさん食べる私に量の話をされても何の説得力もないですけどね。はい、残さずいただきました。

横田さんはまず食材そのものを見て、どういう調理法がその食材をいちばんおいしくできるか考えます。それはフランスで学んだことでした。

「どんな料理を覚えたかではなく、その人が何を考えて作っているかが大切なのです」という横田さんの料理はフランス料理の枠には収まりきらない。

でも端々にフランスを感じる新しいフランス料理に、私が魅了されているのは紛れもない事実なのです。

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新刊紹介

高橋綾子

たかはし・あやこ●フードパブリシスト。国内外ファッションブランドのプレス時代から培った〝食″へのこだわりは、舌の肥えた業界人も頼りにするレベルの高さ。年間1000を超えるという外食の日々が築き上げたおいしいもの好きが嵩じて、ついに2018年2月に東京・下北沢にてレストラン「üchï(うち)」をオープン。おいしいものしか喉を通らない不思議体質。
Facebook→https://www.facebook.com/ayako.takahashi.1671

uchi→http://uchi.tokyo/

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