2018.11.8
“鮨を食べる”ってこうでなくちゃ 〜鮓職人 秦野よしき
進化が止まらない、そんな噂を耳にして久しぶりに「鮓職人 秦野よしき」に訪れることにした。
以前からおいしかったですよ。特に「牡蠣のスープ」やお茶で煮た「蛸」、握りはおぼろをのせた「海老」やねっとりととろける「鮪」は今も鮮明に記憶に残ってます。さらにデザートに手作りのチーズケーキを出したりと、フランス料理やイタリア料理の要素も入りつつの“新感覚鮨”でした。
つまみから握りへ…その構成力がただごとじゃない!
ところがある日、友人のFacebookの投稿を見て、なんだか様子が違うと思い、大将の秦野芳樹さんに直接連絡してみると「以前とはぜんぜん違うと思うのでいらしてください」とのお言葉。
直ちに予約しました。こちら、予約は1年後なんてことはせず、2週間前まで何席か残していてくれるありがたいお店です。
いつも通り芳樹さんの優しい笑顔に迎えられ席につく。
私がおいしいと思うお鮨屋さんの条件その1は「大将の笑顔」です。初回にも書きましたが、お店の空気感も“おいしい”の大切な要素。そして、カウンターの意味とは、料理人とのやりとりだと思ってます。よって、仏頂面の大将だと緊張してしまい、おいしさも半減。でも芳樹さんの笑顔は、スシをよりおいしくしてくれるのです。
さて、お客さまも揃ったところでつまみからスタート。
初めは「鯛」です。とその前に……、「まず塩を少し召し上がってください。それから脂がのった腹を塩で、次に背をわさび醤油で」と促される。
塩で舌を刺激して、五味を感じる準備をするのだそう。
塩をいただき、さぁ、「鯛」を! うわっ、海だ。磯の香りが一気にきた。
次にわさび醤油でピリッと辛みを感じます。
続いて波のように薄くそぎ切りした「鮑」を肝とともに。5時間蒸した「鮑」はやわらかく、特有のうまみをじっくり感じられる。そして「鰹」へ……。
炙った皮目の心地よい苦みを感じながら「鰹」と「生海苔」のコクが加わってそれぞれの味が口の中で重なるのです。
これはうまみの三重奏や〜。
そして「イクラ」が登場です。
プチプチ弾けるものとすぐに潰れるものがある。産地の違う2種類のイクラは甘みも香りも異なり、これを一緒にいただける幸せたるや。
この日のつまみの最後はこってりうまい「あん肝」でした。つまみの五味で頭も舌も刺激され“鮨を食べる”準備も整いました! さぁ、いよいよ握りの時間。
「カクガリです」と一応、笑いを取る芳樹さん。握りの前に「ガリ」がでます。
私、こちらの「ガリ」が大好きなんです。酢加減が本当に私好み。小さな角切りなのも箸休めにちょうど良い大きさなのです。
握りのスタートとして必ずでるのが「カスゴダイ」。
予約時間の1時間前に昆布締めしてあります。身はキリッと締まりながらもやわらかく、喉を通るあたりでほんわか昆布の香り。
食べたくなりましたか? ふふふ、うんまいです!
「墨烏賊」「秋刀魚」「赤身漬け」と続き「中トロ」へ。
「つまみは握りをおいしく食べていただくためのものです」と。
いやいや、つまみもうまいですって。でも確かに以前はもっとつまみがいろいろ出て、イタリア料理やフランス料理風のものもあったな。今、つまみはいたってシンプル、うまみや味わいをしみじみ感じるだけ。
だからこそ、握り、つまり“鮨を食べる”ことをものすごく実感できるのかも。
芳樹さん、「雲丹」、あふれてますよ。もう見ただけでおいしいってわかりますよね。
「雲丹」は海苔と酢飯とのハーモニーを感じる「軍艦巻き」じゃなければってお考えだそうです。はい、おいしくってたまらんですよ。
炙りものは「赤ムツ」でした。季節によって「キンメダイ」や「ノドグロ」などがお目見えするそう。
次は「コハダ」。
上手だな〜、タネとシャリの酢加減が絶妙なのよね。「ガリ」もそうだけど芳樹さんの酢の扱いは私にとって最高なのです。
うきゃあ! 「真鱈の白子」がこんな形に! 白子と酢飯を炒めたらしいですよ。
白子が米粒にまとわりついて、そうね、TKGの別バージョンって感じ。
「太巻きと濃厚あら汁」。なんと主役は「あら汁」の方ですって?
「鯛」「赤ムツ」「ヒラメ」「カワハギ」「カスゴタイ」など、本日登場したすべての食材の骨の髄液までもが入っている。「あら汁」のうまみを感じるためのつまみに、おいしいものがいっぱい詰まった「太巻き」って、なんて贅沢な!
握りのシメは「穴子」。煮汁がすごい!
企業秘密なのでここでは詳しくは言えませんが、お店では芳樹さんが説明してくれますよ。
その「穴子」の握りがコレ。ふわっとした食感に深みのある煮汁の味わいが酢飯と相まって、こんなの他にないです。それほどまでに煮汁、やばいです。
何だかね、流れに緩急があるのです。
もし、最高においしいものがひっきりなしにずっとでてきたらどうでしょう?
きっと、だんだんありがたみも感じなくなって何もかもが普通に思えてしまうのではないでしょうか。
芳樹さんの鮨は“構成力”がハンパないのです。塩→醤油→酢→炙り→塩→蒸すといったように頭と舌が“おいしい”と思えるように、五味やうまみを構成している。
あなたはマエストロか、編集長か、はたまた映画監督か?
店名には魚を作ると書く「鮓」を使っている。
魚がおいしいのは当たり前、そのうまい魚に手を加えて「鮓」にする。だから「鮨」でも「寿司」でもなく「鮓」なのだと芳樹さんは言う。
最初はお客さまが入らず、他と違った鮓を作ろうと、いろいろやってみた。自分がおいしいと思うものをお腹いっぱい食べてもらうことばかり考えていたので、構成なんてそっちのけ、最高級のタネを最初から最後まで並べていた。なのにお客さまはなかなか増えず苦悩の日々。
勉強しよう!と日本各地のスシを食べる旅に出て、出逢ったのが札幌「鮨 一幸」の工藤順也さんの鮨の世界。料理の流れにワクワクすること、ひと品ごとに添える言葉がよりおいしくさせること、腹八分目がいちばんおいしいと感じること、工藤さんのスシに対する想い……、自身の経験と想像の域を何もかもが超えていた。すべてが芳樹さんにとって“究極”だったそう。こういう店がまた訪れたくさせるのだ!
何度も通いつめて、真似させてくださいと頼み込んだ。真似することで自分の「鮓」の世界が確立できると思ったから。
イチから修業する気持ちで毎日「鮓」と向き合った。おいしい食材を選ぶ目利き、仕込みと握りの技術、料理の組み立て、会話力によって生まれる、「流れ」「味の奥深さ」「感動」「食後感」を創りあげていった。そして見つけた自身の目指す世界は“握りをおいしく食べてもらう”こと。
それが“秦野芳樹のスシ道”となった。
今はあえて少し進化を止めているそう。なぜなら飽きてしまうから。
例えば売れっ子のタレントが映画にドラマにCMとガンガン露出して、なんならCM出演本数トップなんて獲ると翌年はガタッと人気が落ちる現象ってあるじゃないですか。それと同じで、急速に進化させたので、これからは少しゆっくりモードにするそうです。
あぁ、久しぶりに訪れてよかった。
この大進化を遂げた「鮓職人 秦野よしき」を知らずにいたらどんなに後悔しただろうか。
これからは月イチで通わせていただきます。よろしくね、芳樹さん。