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鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラム。

モテる?女の条件。男と女のモテ構造は根本的に違う〜 乳の遺言

「なんか、全然そういう風に見てなかったのに急に告白されちゃって」

こんな、リンダじゃなくても困っちゃうほどイノセントぶった台詞を吐いたのは高校時代に私の斜め前に座っていた女である。

モテる女はモテようとしている女のことだと女なら誰でも知っている

続けざまに、「◯◯ちゃんがずっと気になってるの知ってたから気まずい。◯◯ちゃんのこと好きになればいいのに」と、少なくとも表面上は受験や将来の目標なんかよりはずっと真面目な悩みとして私に胸中を打ち明けてきた。

要するに彼女は、友人の一人としてしか認識していなかった男子、しかも彼女の友人女子の想い人である男子に、不本意に告白されてしまって、困っている。
周囲で聞いている男子たちは、そうかぁモテる子なんだなぁ可愛いもんなぁ、モテる子にはモテる子なりの悩みがあるのだなぁ、大変だなぁと解釈し、そんな彼らの横を、全てを理解した周囲の女子たちがアホウドリが如く「阿呆、阿呆」と鳴きながら飛び回る。
牧歌的な日本の中学高校で、幾度となく繰り返されてきた光景である。

アホウドリと化した女子たちはよく知っているのだ。女が「惚れられちゃって困っている」という事態の90%は、ちゃんちゃらふざけた茶番であることを。
現に、冒頭で「困っちゃうなぁ」とイノセントぶっていた彼女は、彼女に告白してきた例の男子に対して、私のこと好きになってもいいよ、というメッセージを絶えず送り続けていたのであって、その茶番は、後から「全然そういう風に見てなかったのに」と言える程度には巧妙に、でも浅はかで若い男子がつい告白なんてしちゃう程度には露骨に仕掛けられた罠なのである。

モテる女というのはモテようとしている女のことだと、男が好きになる女というのはその男の好きを許容する女のことだと、女なら誰でも知っている。

男子がそのことにいまいち鈍感なのは、女というのが必ずしも、モテようとしている男を好きになってくれないものだからだ。

阿呆な男子が女にふられようが、それで軽めの女性不信に陥ろうが別に同情する気もないのだけど、惚れてフラれた自分の行動が意図された出来事だと知らずに落ち込む無知な男にも、浅ましいほど思わせぶりな態度をとっておいて、のうのうと「困っちゃうなぁ」なんて言う女にも、なんとなく腹が立った私たち、こと良識的な凡人女子は、頷きあってアホウアホウと繰り返していた。

そしてそんなパンピーの論理を超えて崇高な彼女は、「え?彼の気持ちになんか全く気づいてなかったよー。私鈍感だから」と言い捨てて、さらなる高みへと続く階段に足をかけた。

そしていい大人になってからもまた出会ってしまうのがBクラスのモテリンダ

自分がびた一文好きじゃない相手に惚れられる、というのは凡人にとっては結構面倒かつ怖いことで、なおかつ惚れられたところで何かして差し上げられるわけではないので、実は結構みんな親切にも逃げ腰になってしまう。

群を抜いて売れているキャバクラ嬢にあるのは器量でも愛嬌でもなく、その尻込みのなさ、言わば圧倒的な罪悪感の欠如で、相手の都合を一切考えずに極限まで自分に惚れさせることはそれだけで飯が食えるほど高度な技術なのだ。

ちなみに私が15年以上前に初めて1年以上在籍した関内のキャバクラの不動のナンバーワンは、3万円で週に一度通ってくるのが精一杯の男に、借金させてシャンパンをねだることにも恐怖を覚えない、イカした黒髮のオネーチャンだった。
ナンバーワンでありながら、指名替えで客を逃すことより指名替えによって客を増やすことの方が圧倒的に多く、鞍替えしてきた客の報告は、こそっとマネージャーに相談するのではなく、月初のミーティングで大々的に発表する堂々としたところが敵を増やしつつ敵に降伏させる強い女である。
 

さて、高校生ならいざ知らず、大人になると別にそんな特殊技能を持つ彼女たちの勇姿に、凡人の女子がキーっとなることはない。
思わせぶりな姿とイノセントなセリフにイラっとしたところで、罪悪感の欠如した振る舞いにゾッとしたところで、そうやって彼女たちが手にいれるものの多さに溜飲を募らせたところで、育ちの良い女は浅ましくなれないし、良識のある女は罪悪感も羞恥心も放棄できないのだから仕方ない。

それぞれ黙って己の道を歩き出す。
それが大人になるということです。

そもそも、モテたいけれど、モテる振る舞いや服装と自分のしたい振る舞いや服装が違うという事態は往往にして、モテたいけどモテようとしている姿は見られたくない、という凡人の凡人だけに陳腐な葛藤とも言えるわけで、そんな凡な姿を乙と思うこともできるし、陳腐な葛藤から解き放たれたリンダが崇高だと思うこともできる。

と、いうのが割と綺麗なモテリンダ女と凡人女の和解と融合の構図。
それも半分は本当なんだろうけど、実際のところ、大人になるとモテリンダ女と関わる機会がめっきり減るために、アホウアホウと飛び回る機会が単に減る、というのが現実なのだ。
凡人の女の一部がせせこましく出世などして地味に給料とフラストレーションを貯めている間に、崇高なリンダはとっととせせこましく出世する良い男を捕まえていたり、口に出せないほど大きな名前の男から毎月のお手当と家を与えられていたり、珠のような子を産んでその子に自分が得てきた様々な特権以上のものをつかませようとせっせとお受験情報を収集していたりと忙しく、平場の男の相手などしなくなっている。

私たちは私たちで、せせこましい出世は結構な時間を要するし、まだまだ平場の男に振り回されているし、凡人なりに磨くべき腕や武器や美容は山積みだし、わざわざ人生の違うステージにいるかつてのクラスメイトの生活を監視してキーっと叫ぶようなことはしない。

なのだけど、今度は自分らと同じようにせせこましく出世して小金を貯めた同級の男が選んだ女性として、自分と違う世代のモテリンダと対面する機会がやってくる。
そんな男が結婚披露宴で披露するのは、時には本当に綺麗で若くて透明感があってまっすぐな意思がある、要するに私にないものを全て持っているAクラスの美女なのだけど、時々なかなかにBクラスのモテリンダを披露することもあるので、そんな時に私たちは、まだ鳴き方は忘れていませんよと言わんばかりにアホウアホウとつい口ずさむ。

Bクラスのあの子の正直どこがいいの?と尋ねてみれば

先日、私たちより随分年下の男の結婚式の二次会に出席する機会があった。

一度国家公務員になったものの、霞が関の不毛さにさっさと見切りをつけてロースクールに入学し、目出度く来年からは弁護士さま、という株価急騰5秒前、略してKK5のその男は私の腐れ縁の女友達の弟で、ちなみにその私の友人である姉の方はというと15年前に入った証券会社に義理堅く今もお仕え中、旦那と子供以外のたいていのものは獲得済みで、目下の悩みはペットの犬をもう一匹増やすか否か、というお人柄である。

当然、今も私とは仲が良い。弟は、私が大学院にいた時にキラキラの東大生として本郷の学び舎に通っていて、それなりにプラコンの私の友人を交えて私や私の同級生と何度もご飯など行ったことがあるため、なぜか結婚式の二次会までお呼ばれする羽目になったのであります。

で、披露された花嫁さまのお姿はというと、もし私に目がなければそれはそれは美しいと形容したかもしれない感じで、いやでも美しいというのは見かけだけでもないので、やっぱり目と耳と感受性がなければ美しいと形容したかもしれない感じの、もしかしたらすごい性技や寝技を持ち合わせているかもしれない女性だった。

別に親しい友人の弟だからといって嫁の顔や愛想の不具合なんて私にはどうでも良いし、埼玉の教員夫婦の長女ということなら少なくともこの弟くんが2年後に手足を切り落とされて異国のマーケットで売られるような不穏な未来は待っていないだろうから、大変めでたい席にかわりはないのだけど、二次会をさっさと抜け出して立ち寄ったファミレスで、ドリンクバーを取りに行く暇もなくまくし立てるブラコンな姉の愚痴に付き合っているうちに、私の脳はいつもの悪い癖で諸々と男と女の妙について明後日の方向を向いた暴走をし始めていた。

姉曰く、本日晴れて義妹として披露された女子は、「初めてうちに来た時は、挨拶くらいはそこそこのレベルでできる子だったけど、いざ結婚式の招待状なんて出すくらいの時期になったら態度はでかいし、絶対に自分の要求は曲げないし、うちの両親にまで指図しだすし、かといってうちの家族行事はすでに無視に近いくらい軽視する」。
結婚なんて、別に正式に弁護士になって落ち着いてからでもいいし、むしろその方がゆっくり準備も心構えもできるんじゃないか、という家族の助言を一切無視して、卵のうちの入籍にこだわり、自分はすでに数ヶ月以内に仕事を辞める段取りまでして、何より弟はもうすっかりその嫁の言いなりだった、ということらしい。

身内の贔屓目、というか私は別に身内じゃないからなんの贔屓目もなしに見ても、弟くんは携帯ショップの店員だったら普通、弁護士だったらイケメンと呼ばれるくらいには見栄えのするタイプで、キャリア官僚経験者で東大卒で実家は23区内の長男で、何の見栄えもしない態度のでかい女にとっ捕まる必要はないような気もする。
それでも言いなりになるくらいには、彼女に恋をしている状態とのこと。

姉として、弟と膝を突き合わせて「正直、あの子のどこがいいの?」と聞いても、「すごい頑張ってる子で、苦労もしていて仕事も一所懸命だ」なんていう、だったら姉の親友の私たちも頑張って苦労して仕事をしているけど? と聞き返したくなる返事しか返ってこない。

モテを実質的な成果へと結びつけていくことは女の技量なのだ

男と女のモテの構造は違う。

男にも女にも天性の美貌やコミュニケーション能力によって子供の頃からモテを発揮する者はいるが、その割合なんてせいぜい1%だ。
その他のものは、何か別の武器を使って奔走するのが常なのだけど、学歴をつけて運動を練習して会社に入ってお金を稼ぐ、と社会人としての成長やステップアップをしてそれを磨いていけるのは男に限られている。
この世に、東大女よりも聖心女の方がグッとくる、という男が相当数存在する限り、女が社会的な成長や人としての尊敬でもってモテるなんていう事態は起こらない。
携帯ショップでは普通でも弁護士となればイケメンになれる現実を知って、社会人としてのスペック獲得のために切磋琢磨している男子たちは、自分が女に惚れるのもその女が人間として獲得してきた何かによってだと思いがちだ。

ただ当然、彼は私に夢中できちんとした就職前に急いで結婚したがった、という論理を振りかざす花嫁の発揮したモテはどちらかというと獲得より放棄によるものだ。
困っちゃうなぁと言いながら、一切の罪悪感を持たないこと、空気を読むとか分をわきまえるとか無駄なものはさっさと放棄すること。
そうやってモテを実質的な成果に結びつけていくのは女の技量だ。

ジョナサンで姉の愚痴を聞く私たちにしても、そのことはなんとなく高校時代から身に沁みてわかってはいるし、今更、なんで女は学歴や年収がモテに繋がらないの、と文句を垂れるつもりもないし、無駄に稼いだお金はせいぜい旅行先の海外の薬局で乳首をピンクにするクリームやらおっぱいの張りを取り戻すパックやらを探して買う資金にする、ということに異存は最早ない。
どうせなら給料を妻の生理用品代や子供の学費に使う男たちにできないくらいに、自分で稼いだお金は最後の一滴まで余すことなく自分のために無駄遣いしようという所存。なのに、私たちはやっぱり弟の嫁のような振る舞いをするのは怖いのだ。

臆病な凡人が一番怖いのは同性の評価をなくしてしまうことだから

罪悪感や羞恥心がそんなに簡単に放棄できないから?
それもある。

でも多分、一番怖いのは同性の評価を無くしてしまうことだ。

そう、モテリンダの最も強力で真似できない力は、同性から好かれることを諦めることにある。
義姉の友達になど嫌われて結構、自分の学友に浅ましいと笑われたって構わないし、義理の姉に愛想を振りまいてとり入る必要すらない。義理の両親にだって歓迎されなくていい、許可をされる程度の愛想でいい。

それができない臆病な凡人のおっぱいの張りなど、その力の前ではほとんど蚊の息ほどに無力なのであって、ジョナサンの冷たい座席に座ってアホウアホウと飛ぶことも忘れて私たちは完敗の白旗をあげていた。

身体にいいのか悪いのかわからない怪しいクリームで張ったおっぱいから、弟くんに一言祝辞を述べるとして、愛情っていう形のないものを伝えるのはいつも困難だから、愛想を放棄した嫁に変わって、両親が生きているうちはそれなりの親孝行くらいはしてあげてね、それだけが愛のしるし、と往年の人気バンドのフレーズをちぐはぐに合わせた力無い言葉しか浮かばないのでありました。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

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