よみタイ

鈴木涼美「アラサー女がそんなことで喜ぶと思うなよ」
めでたく30歳を過ぎた鈴木涼美がおくる「アラサー女性論」。30代になった女が失うものは? 得るものは? なにかが変わるのか? 時代を鋭く読み取る元セクシー女優にして社会学者の気鋭のコラム。

得する女損する女〜夏が来ちゃってしょうがない

先日、深夜25時に三軒茶屋でワインと白子とモツを同時に胃の中に入れながら、四捨五入すると40に届く妙齢の女3人で、薄々気づいていたしちょいちょい話したこともあるけどはっきり結論を出してはいなかった、とある真理にたどり着いた。ちょうど、白子のパスタが運ばれて来たあたりで。

物分かりの良い女ってわかりやすく損して生きてる

深夜の炭水化物への罪悪感も、多忙な年末の平日の夜更かしへの不安も一瞬吹き飛ぶほど強固に降りてきた真理が何かというと、「ものは分かっていない方が得」だということだ。

30代も後半に差し掛かった独身女というのは控えめに言って「イイやつ」が多い。
深夜の三茶に集っていた三人も、揃いも揃ってお人好しで、物分かりがよく、空気が読めて、聞き分けがいい、聡明かつ博識な仕事人たちであり、本人にもまた、そういった人間としての高度さを、色々な経験や汗と涙を経て獲得して来た自負もある。
そしてそれぞれがその物分かりの良さによってわかりやすく損して生きている。

一人がこんなことを言う。

「男の人って、名前のつかないような関係にこちらがモヤモヤしているっていう、なんとなくの自覚があっても、問い詰められない限りはそんな状況を変えようとはしないよね。この関係どうなるんだろう、とか、私ってあなたにとって何?って聞かれたら、面倒だろうし仕事で疲れてる時にもっと別の楽しいこと話したいだろうから、私もあえて聞かなかったの。向こうは、聞かないこちらの親切に堂々と甘えて、答えを出すことを保留し続けて、結局、メンヘラで空気読めなくて相手の都合なんて考えずに、ちゃんとしてよ私たちの関係について話そうよ、うちらってなんなの、って問い詰めた女に押し負けて結婚しちゃった」

そんな類似のエピソードを抱える他の2人は、モツよりずっと早くその発言を消化して、今度はもう一人が口を開く。

「忙しいって言われて黙ったら当たり前のように放置されるじゃん。そりゃ、忙しいって、本当に忙しいか、会いたくないかのどっちかだから、黙るのが人間として絶対正しいけど、会いたい会いたいってギャーギャー騒ぐ女もいるじゃん。男って騒がれたくないし泣かれたくないからテンションは下がるし面倒くせーとは思われるんだけど、結局、色々バラされたり友達に連絡されたりしたくないから答えちゃうよね。で、そこでさらに予定が押せ押せになって、聞き分けの良い女って後回し」

私は私で、なるべく人に嫌われないように、周囲に迷惑をかけないように、狭い肩身と弱々しい自己主張で生きてきた。

連絡が来ないってことは会いたくないってことだよね、とか書いているツイッタラーのつぶやきに深くうなずいて、しつこく連絡なんてしないし関係について問い詰めないし、できれば一緒にいる時間は安らげて笑える時間にしようと核心はつかず、男に「考える猶予」という名の何にも考えずに都合よく関係を持続させる自由を与えてきた。

気づけば地下鉄の駅でホットフラッシュで大汗をかくような年齢で、独身で、閉経へのカウントダウンが始まっていて、それでも飽き足らず夜中に友人2人を三茶に呼び出して恋愛の愚痴をもらしている。

35歳が夜中にパスタとか食べてていいのかという問題もある。

砂糖とか塩とかじゃない、男を喜ばすさしすせそ

物分かりが良い、は、「良い」とつくから人間としての長所だと思っていたよ、と誰かが言う。

そもそもそれなりに一所懸命勉強して仕事して生きていれば、ものってある程度わかって来ちゃうしね、とまた誰かが言う。
功績であり長所でもあるはずの「良さ」がこんなにもよろしくない特徴だなんて誰が教えてくれたんだろうか。しかも、若いころ誰も教えてくれなかったことはそれだけに止まらない。

ものは分かっていない方がいい、そして、ものは知らない方がいいのだ。

「うちらがさ、一緒にいるような男って、普通よりは面白い仕事してたり、面白い本読んでたり、えーすごーいとか言われて喜んでる男よりは高度な生物だと思ってるじゃん。それが、全然そんなことない。同じなんだよ。さしすせそってあったじゃん」

さしすせそ。
砂糖とか塩とかじゃなくて男を喜ばすさしすせそ。

確かに19歳でキャバクラに入店した時に、先輩にしつこく教えられた。

さすがー!
すごーい!
知らなかった!
センスいいねー!
そうなんですねー!

そう言われて悪い気分になる男はいないから。
男って単純だから。男ってバカだから自分よりバカな女が好きだから、と。

そんな単純なもんかねぇと思っていたし、その時はその時で若さを持て余し、可愛いやつと思われるよりすごい奴と思われたくて生意気だっただろうけど、言ってもまだ19歳、心からの「知らなかった!」は結構連発できる事情がある。

今となってはすごいやつなんて思われたくないし、頭いいなんて言われたら顔に褒めるところがなかったんだろうなと思うし、へーよく知ってるねーなんて感心されたら背後に(年の功だね)という本音を嗅ぎとってしまうし、可愛いやつと思われたいけど、それなりに世の中を見つめる仕事をしていて、毎日ポストに新聞が届いて、サウナでワイドショーを見る癖までついて、心からの「知らなかった」は年々減少傾向にある。
さらに言えば、もうちょっと深刻な事情だってある。もう一人が三杯目の赤ワインを飲み干してから呟く。

「さしすせそで喜ぶっていうのはさ、薄々実感してても、それだけが欲しいんだったらわざわざ20代前半のピチピチギャルじゃなくて私と付き合わないだろって思っちゃうじゃん。そうしたら頑張るとしたら、さしすせその巧みさじゃなくてついつい、私ならではの面白いトリビアとか切り口を提供せねばと思ってしまうのよね。自分のキャラも意識しちゃうし」

なんとも皮肉だが、肉体や顔について褒められることが年々減っている私もまた、面白いね、もっと話し聞きたい、いろいろ教えて欲しい、なんていって男が寄って来ることがままある。

そしてじゃあがんばる!と普段以上に諸々と一所懸命おもしろ話を重ね、こんなのはどう、これもあるよ、と熱弁していたら、男が求めていたのはオモシロトリビアな夜ではなく、さしすせその心地よい夜だった、とか。
だからと言って、嘘くさいスゴーイ知らなかったーを口ずさんでみても、透明感のある肌の透明感のある心からの知らなかったーには勝てないわけで、知っているのに知らないふり、分かっているのに分からぬ振りなど限界が見えている。

そうはいっても、ものを知らない時代には戻れないから

私たちが悪いのか?

試験前に教科書を読んで受験前に参考書を読んで大学で課題の本を読んで就活のハウツー本を読んで部下の企画書を読んで上司のつまらないメールを読んで必死で生きてりゃ、いやでも知識も経験も増える。

それを放棄すればよかったのか?
それとも男が悪いのか?

出世しようが社会に認められようが、未だにすごーいさすがーでニヤけるのは馬鹿らしいが、もはや男の性癖に文句をつけても何も始まらない。ちんこは脳とはちょっと別のものでできている。

「かと言ってさー、物分かりが悪いうえに何にも知らない女になりたかったかっていうとなりたくなかったしね」

そうそうそうそう、と聞いてる2人でうるさく同意しながら、「ものがわからない女に戻ることはできないし、ものを知らない時代に戻れない」と当たり前だけどそこそこ残酷なことを言いながら赤ワインから白ワインに移行した。

毎年毎年大黒摩季を聞いて、選ばれるのは結局何にも知らないお嬢様、夏がくる夏がくると一緒に口ずさんで、もう何度目の夏が来ただろうか。

確かに夏はまた来年もくる。
わからないものはわかりたいし、ものは知っていた方が映画をみても本を読んでも楽しい。

その楽しさと引き換えに大いなる可愛らしさと人生におけるいくつもの得を失ったなら、そっちの楽しさくらいは引き続き思いっきり享受したい次第。

最近男と別れたらしい一人が「素直さと知的さのバランスを失わずにもう少し言いたいこと言ってたら早めに答えは出されてて、傷も浅かったかもしれないけど、でも結局終わる時期が早まっただけだから、気を使って逃げ場作ってあげてズルズルしてた時間にあった楽しいことは、この性格だから得られたお得なポイントかもね」と言ってその夜はタクシーでそれぞれの家に帰った。

翌朝、結局合流できなかった広告屋の男友達に、女3人で過去の失恋まで掘り起こして朝まで話してたよ、なんてラインを送ったら、こんなものが返って来た。

「人間は忘れることができるから 狂いもせずにほら生きている」

彼の好きな、「死刑囚の」言葉です。

そうだ、知っていることを知らないことにはできないけど、忘れることくらいはできるだろうから、せめてなるべく忘れっぽく生きよう、と彼の真意ではないところでちょこっと救われた。

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。
公式Twitter → https://twitter.com/suzumixxx

週間ランキング 今読まれているホットな記事