2021.8.6
災いの後の海は…怪談家・稲川淳二さんと『リング』原作者・鈴木光司さんが語る「水の恐怖」
2020年に刊行した『海の怪』は、25年に及ぶ自身の航海経験を中心に、海の底知れぬ魅力と、海をめぐる無限の恐怖が入り混じる18のエピソードが収録された怪談集です。
今回は夏の特別企画として、鈴木さんが「師匠」と呼ぶ怪談家・稲川淳二さんをゲストに迎えたスペシャル対談の様子をお届けします。
死と隣り合わせの海で長年航海を続けてきた鈴木さんと、「夏は好きだけど水には入れない」という稲川さん。
そんなお二人が海への畏怖と恐怖を語ります。
数々の恐怖を紡ぎ出してきた日本随一の語り手である稲川さんが、水を恐れる理由とは……。
*2020年9月に公開した動画「鈴木光司『海の怪』刊行記念スペシャル対談」の一部内容を書き起こし、再編集しています。
(構成/よみタイ編集部)
「広い海に向かっていくのは怖い」
稲川淳二さん(以下、稲川) 私は鈴木先生のことを、文学青年とまではいかないまでも、わりと知的にものを考える方というイメージをもっていたのですが、実際は、非常に野性味があって、おまけにヨットに乗って海に出かけるような方で。初めて会ったときは非常に驚いたことを覚えています。
鈴木光司(以下、鈴木) 僕は自分のことを「野人」だと言っているんです。今後も、自分の中の「野生の勘」をいかにして鍛えるかというのが最大のテーマですね。
稲川 野生の勘は大事ですよ。人間て、建物の中に入っているとだんだん大事な感覚や感性を失っていきますから。
鈴木 そうなんですよ。それ危険ですよね。
稲川 野生の中にいた方がごく自然に自分の感性が活きると、私思うんですよ。
鈴木 いざという時はその勘が頼りになる。僕は、海に出るという思いを果たすためにも小説家になったというところがあるんですよ。
稲川 おお、羨ましい。かっこいいですね。海に出るって、例えば太平洋に向かっていくわけでしょ。
鈴木 そうです。
稲川 僕、あれがダメなんですよ。太平洋を背にして陸に戻ってくるならいいんだけど、広い海に向かっていくのは怖いんですよ。
鈴木 あ〜、そうですか。 僕は幼稚園に入る前から自分で筏を組んで川に浮かべて遊んでいましたから。
稲川 え、幼稚園に入る前!? それは誰かの影響ですか。
鈴木 5歳上の兄貴の影響だと思います。兄貴と一緒に筏を作って川に浮かべて遊んで、その川は海に向かっていくわけです。ところが、海に阻まれる。海に出ると危険だから自分たちでロープを引っ張って戻るんです。
すぐ先には大海原があって、「今は知力や体力がなくて渡ることはできないけれど、いずれこれは自分の力で超えなければいけない」と、子供の時に感じていました。
稲川 偉大な、素晴らしいロマンですよね。
鈴木 僕のデビュー作『楽園』も、やっぱり1人の男の意志力が太平洋を横断する物語でした。全部海が舞台になってしまうんですよね。
稲川 海から切り離せないわけですよね。海から離せない人が、あんな怖いものを書いたりするんだから不思議だなと思います。
鈴木 海の怖さも想像力だと思うんですよ。たとえば、3メートルくらいの深さの海で泳ぐのも、日本海溝とかチャレンジャー海淵のように水深が1万メートルになるところで泳ぐのも、足が着かないという点では同じじゃないですか。でもやっぱり1万メートルの深さのところで泳ぐと、この下にある闇というのを想像しちゃう。そりゃ怖いですよね。
稲川 怖いですよ。私、友達にもすごいねと言われるほど高いところは平気なんですが、水はダメなんです。3メートルなんて足がつかないところは、とんでもない。
温泉とか、飲む水割りは得意なんだけど、他の水はどうもダメで。
嫌いじゃないんですよ。浅くてきれいな澄んだ水なんかを見ると「うわぁ、入りたいなぁ」と思ったりもする。でも、ちょっと深くなると、死んだような気になっちゃうんですよね。
鈴木 海はちょっと油断するとすぐ死ぬんですよね。
稲川 私、水は嫌いだけど、夏は大好きだし、海も好きなんです。何十年も入ってはいませんけど。
ただ、海って、とても綺麗なんだけど、そこで誰か亡くなっても、次の瞬間にはまた綺麗な海になっているじゃないですか。あれがなんだか切ないような辛いような、それでいて、言い方はおかしいけれど、海の持つ妙な力やロマンを感じて……。海が帰っていく、そんな感じがするんですよね。
鈴木 そうですね。海というのは摩訶不思議な畏怖の対象でもあって、本当に面白い話の宝庫なんですよね。