よみタイ

「受験直前期の家族に何が起こるのかをしっかり描いているので、シミュレーションとしてぜひ読んでほしい」 【おおたとしまさ『中受離婚』刊行記念インタビュー】

11月2日に刊行された『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』。子どもは無事に合格したものの、受験期間のすれ違いから破綻してしまった3組の夫婦について、「夫」「妻」「子」それぞれの立場から語られる話題の一冊です。

今回は、著者おおたとしまささんに徹底インタビュー。“中学受験と離婚”をテーマを選んだ理由から、取材の裏側、書き上げたあとに考えたこと、本に込めた思いや読者へのメッセージなどたっぷりお聞きしました。

(取材・構成/「よみタイ」編集部 撮影/齋藤晴香)
「自分でも想像していなかった結末になった」と語る著者のおおたとしまささん。
「自分でも想像していなかった結末になった」と語る著者のおおたとしまささん。

『中受離婚』を書き終えて離婚観が変わった!

――80冊以上の書籍を刊行されていますが、新刊の『中受離婚』を書き上げたとき、おおたさんの中で最初に芽生えた感情はどんなものでしたか?

「達成感はもちろんありましたが、そのほかに、“こんなこと”を書くことになるとは、という感情が一番、大きかったですね。自分でも想像していなかった結末です。もちろん、最終章や結論として何を書くかは、最初には分からなくて、書きながら見えてくることは過去にもあるんですけど、今回は本当に“こんなこと”を自分が書くことになるとは思わなかった。あとは、“こんなこと”と感じる理由に少し近いのですが、中学受験の本として書き始めていたけど、少しその枠を超えたことを書いてしまった、みたいな思いもありました。
この本は、中学受験そのものは関係なくても、“結婚ってなんだ”、“夫婦ってなんだ”、あるいは、“親子ってなんだ”って考えている方が読んでくれたら、きっとなにか感じるところがあるんじゃないでしょうか。そういう意味で、ちょっと自分自身も越境体験をしたみたいな感じがしました」

――「“こんなこと”を書くとは思わなかった」という言葉が印象的です。具体的に“こんなこと”とはなんだったのですか?

「いままで自分のなかにはなかった離婚観ですね。たくさん取材をしたものを自分の中に入れて、それを言葉にしていきながら、これまで僕が持っていた離婚に対する印象が変わっていく経験をしたんです。
もともと、僕の離婚観とは、『離婚は極力避けるべきこと。避けようとする中で人間的な成長がもたらされる』という考えでした。結婚という枠組みの中で、いろんな葛藤が当然ありながらも、その葛藤や苦しみのようなものと向き合って、何とか対処していくことや、関係をどう続けていくかを模索することで、人間的な成長がもたらされるものだと思っていたんですね。
夫婦の成長を(時間を横軸、成長を縦軸とする)グラフで表現するとしましょう。ときに困難があってガタガタしたり、踊り場で停滞したりすることはあっても、基本的には、右肩上がりに成長して推移していくものです。ただし、これが今回の本を通じての、大きな気づきなんですけど、『もしかしたら、ある時点でその夫婦にとっての最高点に達することがあるのかもしれない』と思ったんです。
そこが単に踊り場なら、そこを乗り越えたらさらにグッとまた成長するのかもしれないですけど、きっと、そのままなだらかに、ほぼ真横に推移する形で時間のみ過ぎていき、それ以上の高みには到達できないことも多いのかもしれない。いわば夫婦関係の天井みたいなものが存在するのかもしれない。
だから、このパートナーとの関係性の中で育てられるものは大体育てられたかなとお互いに思ったら、『今までありがとう。これからは違う所でそれぞれ成長しましょう』という人生もありかもしれないと思ったんです。そうしたら急に僕も離婚することの前向きな意味に興味が湧いてきて」

――おおたさん、その興味は湧いてきて良かったのですか(笑)?  

「(笑)。だから、僕はこの本を書いたことで、中学受験とは関係ないところに気づきを得たことが自分にとって一番インパクトが大きかったんです。いわゆる円満な離婚を経験された方々からすれば当たり前のことなのかもしれませんが、恥ずかしながら未熟な私は、今回初めて気づきました。いやあ、離婚に対する理解が甘かったですね。
離婚をネガティブなものだと思い込んでいると、ものすごくショッキングなタイトルに見えると思いますけど、中学受験における不合格が必ずしもを意味しないのと同様に、離婚だって必ずしも負ではないという前提で見てみると、とらえ方も変わるはずです。そんな思いを、カバーの『離』の字の金色に込めました」

――たしかに「中受離婚」というタイトルと、桜やピンクの表紙のイメージはまったく反対のように感じるのに、読後感はピッタリきました。

「その気づきは、特に3章の取材から得たものです。中学受験期に両親の離婚を経験した子どもの立場から話を聞け、さらに、その父親が離婚するにあたって何を考えていたのかを聞くことができたからです。『自分が父親としての意識を、自覚を忘れなければ、何も失わない』とハッキリおっしゃっていたのがすごくインパクトが大きくて。とても共感しました。
結婚とか夫婦とか一緒に住んでいるみたいな形にこだわらなくても、たとえば、子どもがある程度大きくなっていたら、離婚したとしても、ちゃんとした家族や親子関係は続けられるんじゃないかと。ハリウッド俳優でも、よくそういうケースがあるじゃないですか。別れた後も仲良く、家族ぐるみで付き合って、一緒に食事したり、今でもいいパートナーです、みたいなケースが。僕は今までそういうケースを、そういうライフスタイルもありなんだろうなと頭では理解していても、じつは腑に落ちていなかったんです。でも今回初めて、『こういうことか!』みたいに腑に落ちました。
お互いが嫌いになって、“もう無理!”となるところまできて離婚するんじゃなくて、私たちはこのままいても成長が止まってしまう、だったら違う所に離れてみて、でもこれからも、困っているときにはお互いに助け合おうよ、みたいな。そういう形での離婚や、あるいは法的には離婚しなくても夫婦の距離感をかえてみることも、特に子育てが一段落したような時期においてはありだし、そういう自由な生き方というか、社会的枠組みや固定概念みたいなものに縛られない生き方を親が子どもに見せることも重要なことだなって気づいたんです」

――あくまで一例とは思いますが、そういうポジティブな離婚のケースもある、と。

「はい。実際には不倫やお金の問題とかでしかたなく離婚するケースが多く、第3章のような離婚は珍しいのだと思います。でも、こういう形だってあるということを知ることは、夫婦がともに働いていることが当たり前になって、別れても経済的に困ることがなくて、家族関係を維持できるならば、やりようがあるってことなんですよね。
自分たち夫婦の関係性としては来るところまで来たのかな、このふたりだからできることは取りあえずやり尽くせたかもとお互いに思えたら、そこで夫婦をやめたっていい。それで、また別の道をそれぞれ生きていって、面白いことを見つけたらまたときどき教え合おうみたいな。これって素敵な関係じゃないかと思えるようになりました」

――まさに「3章」の解説の中にある「ひとの親であったとしても、人間はあくまでも自分の人生を生きなければいけない。(中略)自分の人生の展開を諦めてはいけない。それは自分の生きづらさを他人や社会のしくみのせいにすることだ」という言葉でも表現されていたことですね。

「ただし現実的には、今回の3つのエピソードのなかで、スパッと離婚に踏み切れたのは、妻のほうに経済的基盤があったケースだけなんです。そこはジェンダー・ギャップにも関係する、大変シビアな問題だと思います」

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おおたとしまさ

おおたとしまさ/教育ジャーナリスト。
1973年、東京都生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育媒体の企画・編集に関わる。教育現場を丹念に取材し斬新な切り口で考察する筆致に定評があり、執筆活動の傍ら、講演・メディア出演などにも幅広く活躍。中学・高校の英語の教員免許、小学校英語指導者資格をもち、私立小学校の英語の非常勤講師の経験もある。著書は80冊以上。

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