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圧倒的に正しく、今を生きている大人――吉本ばななが読む『猫沢家の一族』

毎回、仰天と爆笑エピソードの数々が披露され、好評のうちに終了した連載『猫沢家の一族』がついに単行本となりました。
著者の猫沢エミさんとご親交があり、連載時から読んでくださっていたという作家の吉本ばななさんに、書評をご執筆いただきました。
吉本さんから見た、「変わりすぎている」家族で育った猫沢さんの姿が綴られています。

人間(『猫沢家の一族』を読んで)

吉本ばなな

 大人ってなんだろう?と還暦近くなってまだ考えている私は、まあ、子どもなのだろう、まだ。
 子どもが子どもを産んで育てて子どものまま仕事をしているが、このタイプの仕事なら許されるだろう、と思ってなんとかしのいでいるという感じだ。

 でも、この本を読んで思った。
 猫沢さんは、ほんものの大人なのだ。
 変わった家(変わりすぎてるだろう!)に育ち、変わった経歴を持ち、今は日本に住んでいない。いつも喜怒哀楽がはっきりしていて、どんな感情にもしっかりコミットし、それを表現し、しかしのめり込んでいるようで、ちゃんと対処、対応している。
 そうだった、これが人間なんだ、人間の大人なのだ、それでいいのだ。
 そう思ったら、そうか、私も人間で、そして大人なのだ、と生まれて初めて思えた。

 若い頃から、私の好きなタイプの知り合い(という感じの業界の人)が、ほぼ全員こぐれひでこさんの家でごはんを食べたことがあるのと同じ割合で、私の好きな感じの知り合いはほぼ全員猫沢さんを大好き。
 猫沢さんは長い間、ずっとそういう存在だった。
 小暮徹さんとこぐれひでこさんのことは、あまりに話を聞きすぎて知り合いのような気がしてお見かけするとうっかりにっこりしておじぎをしてしまうほどだが、ちゃんとお話ししたことはない。いつかそんな日も来るのかも、くらいに思っている。
 そして猫沢さんもきっとそういう存在のままなんだろうな、と思っていた。
 出版、料理本の界隈にいる人には絶対わかると思う。そのくらいの確率で、好きな人が好きな人という、こぐれさんたちと同じ感じの都市伝説みたいなすばらしい位置に猫沢さんがいるというイメージが。
 それほどの人気者なのだ、猫沢さんは。

 しかし、猫沢さんにはひょんなことから、直接会うことができた。とにかく見た目の説得力がすごかった。もう誰もなにも言えない。ここに猫沢さんがいる。それだけ、以上!それでいい!という感じで、私はあまりにもわかりすぎてほぼほぼ黙って猫沢さんの話を聞いていただけだったが、長い間知っている人の感じはもちろんしていた。
 そして思っていた。
「あ~、この人、勘がある人だから、先に正解がわかるんだ。きっと幽霊も見えるんだろうなあ」
 本書を読んでみてそれが正解だったことがわかり、ほっとしている。
 私たちはもう一生、知り合ってなかったときには戻れない。でも、帰国するたびに会いましょう、待ち合わせはどこで、さあさあいつにします?という感じでは会わないと思う。
「今パリにいるんだけど、お茶できる時間ない?」とか「都内のだれだれさんちで晩ごはん作るんだけど、来ない?」そういう感じなんだろう。これまでそういう関係じゃなかったことがむしろ神秘的すぎる。

 猫沢さんのお料理の描写が好きだ。そこには、作り始めるときの気分、買い物をするときの楽しさと重さ、できあがりを待ってるときの会話の感じまで入っている。そしてそこにはやっぱり、パリの空気がある。
 パリの友だちの家で、アペリティフの時間を過ごしてほろ酔いで帰る気持ち、またなりゆきでなにか作り始めて食べちゃうときの感じ、みんな入っている。猫沢さんが日本にいて東京でごはんを作っていても、本の中には「生きている」光景が見える。
 どうしてだろう?と思うとやはり同じような結論になる。
 猫沢さんは強烈に「今」を生きているのだ。その今が痛かろうが苦しかろうが絶対に逃げない。そして圧倒的に「正しい」人だ。正義の人という意味ではない。自分の掟を100%ゆずることなく生きている、正しい人。
 しかしその正しい人は、違う意見に対してとても寛容で、この世にあるいろんなものを大きく肯定している。だからみんな猫沢さんが好きなんだろう。

 猫沢さんのご家族については、本文を読むしかないしもう笑うしかないんだけれど、「人死にが出なくてよかったスね」と思っているうちに、人が死ぬことさえもこの人たちの血筋にはかなわない、という事実が表現され始める。人は死んでも、遺した人たちの血の中に勢いを持って生き続ける。そして、そして!死んでも治らない。それが人間なのだということを、その生々しさを思い出すことができた。
 だから私も「人間味」を生きていこう。
 そして最後に、この本に出てくる全ての人にとって、「エミちゃん」がどんなに頼もしく愛おしくすばらしい存在かということが、本文には書いてないから私が書いておく。

(『すばる』12月号より転載)

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破天荒で規格外な家族との日々を振り返ると、そこには確かに“愛”があった。
故郷・福島から東京、そしてパリへ――。遠く離れたからこそ見える、いびつだけど愛おしい家族の形。
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新刊紹介

吉本ばなな

1964年生まれ。87年「キッチン」で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。88年「ムーンライト・シャドウ」で第16回泉鏡花文学賞、89年『キッチン』『うたかた/サンクチュアリ』で第39回芸術選奨文部大臣新人賞、『TUGUMI』で第2回山本周五郎賞、2000年『不倫と南米』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2022年『ミトンとふびん』で谷崎潤一郎賞を受賞。近著に『私と街たち(ほぼ自伝)』『はーばーらいと』がある。

猫沢エミ

ねこざわ・えみ
ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』『猫沢家の一族』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

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