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【猫沢エミさん×小林孝延さん『真夜中のパリから夜明けの東京へ』刊行記念対談 】喪失とその後の日々を「書く」ことで見えたもの

書くことで、癒しが生まれる

猫沢 単著だと、誰に向けて書くかというと、不特定多数の読者さんになるんですよね。具体的には知らない方たちに向けて書くから、ある意味すごくシャドーボクシング的で、読んでもらった反応というのは、こういう直接会う機会でもなければ見えないところがある。でも、今回の本では、特定の一人に向けて書く、しかもよく知っている間柄という。
だからこそ、見せていないし、見えていない所に対する思いやりという一つの柱があったと思うんですね。自分の激しさというのをよく自覚していたので、小林さんを傷つけるような書き方だけはしたくないと。小林さんを傷つけないということは、ひいては『猫と生きる。』と『イオビエ』で、自分がああいう激しい書き方をして、自分自身を傷つけた部分があるっていうところを含めて、自分も相手もいたわりながら、でも、本心を自分のペースで語ってもらうのにはどうしたらいいかっていうことをすごく考えながら、毎回書いていました。

小林 それはよく伝わっております(笑)。最初からド直球ストレートではありましたが。

猫沢 本当ですか(笑)。時には激しかったかもしれないですけれど。だから、連載で読んでくださっていた方はおわかりかと思うんですけれど、読んでいてつらい本ではないと思うんですね。

小林 うん。それはそうですね。

猫沢 「死とは何か」、これってすごく壮大なテーマですよね。みんな、この世で何が一番恐ろしいかと言えば、大事な存在を死によって失うこと、そしていつか自分も死んでいくっていうことだと思うんですけど、これは全ての人に平等に与えられた抗えない宿命で、答えなんて見つかりっこないんです。だって、誰も死んだことがないから。一回死んで戻ってきた人が一人でもいれば、あっちの世界どうだった?なんて話が聞けるけれど、誰もわからないからこそ、そこを求めて書いたり読んだりする。
今回の本では、「死」の手前まで続く「生」をどうやって輝かせるのか、死で得た悲しみをどうやって生きるエネルギーに変えるのか、そこがすごく大事なんじゃないかと思って。そこに至るまでの過程を、考えたこと、それから参考にした本であるとか、映画であるとか、そういったものも時々引用したりしながら綴っていきました。

小林 たぶん猫沢さんもそうだと思うけど、書くことによって気持ちが整理されていくっていうことがあるじゃないですか。『つまぼく』を書いたときもそうだったし、そこでは書けなかったことを今回この本でまた綴ることで、自分の気持ちをもう一回きちんと整理して眺めることができた。もちろん本として世に出すわけだから自分のためだけではいけないんですけど、やっぱり書くことで、そうやって癒されていったことが、自分にとってはすごくよかったですよね。

猫沢 『つまぼく』は、小林さんは家族の中のお父さんであり、夫でありっていう、そういった立場から書かれていた本でした。私は小林さんが一個人として、そのとき何を考えていたのかな、何を思っていたのかな、そして、どういうふうに再生していったのかなっていうことを聞きたいなっていう気持ちがとても強かったですし、実際にこの連載をしている間に、息子さんがご結婚されたりとか。

小林 そう、結婚してね。

猫沢 娘さんも大学に行かれたりとか。

小林 大学も卒業して、就職しましたね。

猫沢 もう社会人になって。文字通り、小林さんの元から巣立っていく。そして小林さんがある意味「ひとり」になっていくというのかな。ひとりの人間になった小林さんが、その後の人生を自分で作っていくっていう過程と、今回の本を書いていた時間がぴったり合わさっていたので、家族の要としての役割や立場を離れた、小林孝延という人の声で語ってくださっているなという感覚がありました。

小林  猫沢さんは本の中で「傷も心に空いた穴も、癒えたり消えたりはしない。その跡に新しい何かが芽吹いて緑地化していく」(第7便)というようなことを書かれていますけど、猫沢さんにとってイオちゃんの喪失のショックは相当大きくて、前に進むのってなかなか大変なんじゃないかなっていうふうに思っていたんです。そういう気持ちになれたのは、やっぱり時間とともに、自然にって感じですか。

猫沢 彼女がいなくなって、最初の3カ月くらいかな、気がつくと祭壇の前でうずくまっているんですよね。そのとき自分に言い聞かせていたのが、1秒ごとその「死」というポイントから遠ざかっていっているのだと。1分、1時間、1日。それが1週間になり、1カ月になり、最後には1年っていう、年単位になる。だから、1秒前より自分はつらくなくなってる、この衝撃は和らいでいくはずだというのを心の支えにしていました。
時間が途切れることなく続いていくっていう事実は、現実としてとてもつらいことでもあるけれど、その時間がつながって、今日この日を迎えている。小林さんと本を出して、読者の皆さんとお会いしているっていう今につながっている。日々を続けること。それが自分を支えてくれていたんだなって思います。

しんみりするところもありつつ、時折大笑いも挟みながらのイベントとなりました。
しんみりするところもありつつ、時折大笑いも挟みながらのイベントとなりました。

対談イベントの全編は、2月28日まで、こちらのイベントアーカイブよりご購入・ご視聴可能です。

『真夜中のパリから夜明けの東京へ』好評発売中!

1,870円(10%税込)
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受けいれがたい別れがやってきても、人生は続く。
喪失を抱えて生きるすべての人へ――

大切な存在を喪ったとき、人はどのように生きていけばいいのか。
『猫と生きる。』『イオビエ』の著者・猫沢エミと、『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』の著者・小林孝延が、パリと東京を結び、喪失と再生について言葉を交わす往復書簡。
よみタイでの人気連載に、書き下ろし4編を加えて書籍化。

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新刊紹介

猫沢エミ

ねこざわ・えみ
ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』『猫沢家の一族』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

小林孝延

こばやし・たかのぶ
編集者。『天然生活』『ESSE』など女性誌の編集長を歴任後、出版社役員を経て2024年3月に独立。インスタグラムに投稿したなかなか人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆のストーリーが話題になり2023年10月にそれらの内容をまとめた書籍『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)を発表。連載「犬と猫と人間(僕)の徒然なる日常」(福井新聞fu)。現在は元保護犬1+元野良猫4と暮らす。

Instagram:@takanobu_koba

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