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【猫沢エミさん×小林孝延さん『真夜中のパリから夜明けの東京へ』刊行記念対談 】喪失とその後の日々を「書く」ことで見えたもの

ぐわっと開かれていった心

小林 手紙をやりとりするなかで、僕の知られざる一面とかありました?

猫沢 小林さんの書かれた『つまぼく』(『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』)は、とても優しい本だなっていうふうに私は思ったんです。余白があるというか。
ちょっと風が吹くだけで悲鳴を上げるような、そういう心の痛みみたいなものに対して、私はどう言葉をかけていけばいいのかなって迷いながら書き始めるんですけど、ちょうどその頃から、小林さんは自分の人生を新しいところに向かって突っ走り始めるんですよね。連載の原稿も、小林さんはいろんな場所に行って書かれていて。一番印象深いのはアマゾンに行って書いている回(第6便)。小林さんが、今までできなかったこと、今まで傷んでいたときに止まっていた時間を、また動かすぞっていうその勢いが、傍で見ていてすごいなと思っていて。それに合わせて、どんどん心をぐわっと開いていって。途中の回(第12便)で、「連載を引き受けたときには、自分自身をさらけ出そうと心に決めた。そうしないと猫沢さんのド直球ストレートを打ち返すことはできない」と書かれていて。私そんな剛速球投げてないつもりだったんだけど(笑)。小林さん的には、手紙の1便目から、「あっ、来た!」みたいな、「いきなり150キロ超えてる」みたいな、そういう印象があったんですかね。

小林 もともとインスタで、猫沢さんがイオちゃんを見送るまでのお話を読んでいて、あまりにも生々しいというか、リアルでひりひりする感じだったので、この温度感で僕も書くのか……っていう感じが、最初に連載の話をもらったときにはあって。

猫沢 ちょっと怖いなっていうのがあったんだね、きっと。

小林 そう。僕は『つまぼく』の中では、あまりつらすぎる部分みたいなものはあえて書かなかったというか、端折ったところも結構あって。執筆時にまだそこに向き合えなかったというのもあるし、あと、やっぱり自分で書きながらエンジンがかかっていってしまうんですね。そうすると、泣いてほしいというか、かわいそうな話というか、そっちに行きそうになる。僕は編集者でもあるから、できるだけそうならないように俯瞰しながら書いたんですけど、それだと猫沢さんと対峙したときに、やっぱり熱量というか、温度感が釣り合わない、バランスがうまく取れないんじゃないかと思うところもあって、最初は少し恐れてはいました。

猫沢 わかります。私はイオちゃんの闘病のことを、『猫と生きる。』と『イオビエ』という2冊の本に書いたわけですが、これはたまたまそのタイミングで仕事がやってきて、書かなければいけなかった、ということもあるんですけど、私にとっては、書くことが正気を保つためのたった一つの方法だったんですよね。
猫の扁平上皮がんはものすごく進行の早い病気で、宣告されてから5日の間に、手術を受けるか延命治療をするのかを選ばないといけなくて。それからたった1カ月半で、彼女は本当に亡くなってしまうんですけれど、その病気の勢いに負けないように日々の気持ちを克明に綴っていくという、今考えるとちょっと尋常じゃない精神状態の中にいたんでしょうね。

連載中、アマゾンの川のほとりやキャンプ先のテントなど、さまざまなところで執筆していた小林さん。
連載中、アマゾンの川のほとりやキャンプ先のテントなど、さまざまなところで執筆していた小林さん。

小林 猫沢さんとの今回の本で、自分が何を書いていくべきなのかを考えたときに、大切な存在を喪った話というのは世の中にたくさんあるんですけど、そこからどうやって自分の人生を取り戻していくのか。それって実はあまり望まれない話というか……僕、インスタとかやってますけど、例えば僕が楽しそうなシーンを上げたりすると、それに対して、「そういう小林さんは好きではありません」とか、言われたりもするんです。

猫沢 そうなんですか。

小林 やっぱり、「かわいそうな人」でいてほしいみたいな意見ってあるんですよ。僕も何となく気持ちはわかる。特に日本人はそういうものを求めがちだと思う。

猫沢 そうだね。ネガティブなほうに行くよね。

小林 だから、そうじゃないものを。誰がどう感じるかは自由なんだけど、じゃあ自分は人としてどう生きていくべきなのか、生きたいのかみたいなことを、わりとつまびらかに書いていこうかなっていうのが、今回目指したところではあります。インスタとかだと書きにくい話でもあるし、かといって別に芸能人でもない自分が、僕の気持ちがこういうふうに変化してますっていうことを、どこに書くのかっていうときに、連載で、しかも猫沢さんへの手紙というのはすごくいい形だったんですよね。

猫沢 そうですね。

小林 猫沢さんへの私信っていう形で、今自分が感じていることとか、アマゾン行ってはじけたときは、はじけすぎじゃないかみたいなことを言われたけれども(笑)。

猫沢 おいおいおいおい、どこへ行くみたいな。

小林 でも、自分が楽しいことをしても、別にいいじゃないかって。誰が止めているわけでもなく当たり前のことなんだけど、癒しと再生みたいなものを自分の心に与えていく話を、猫沢さんへの私信という形にするとすごく伝えやすかった。それを読まれた方がどう感じるかっていうのは、それぞれだと思うんですけど。

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新刊紹介

猫沢エミ

ねこざわ・えみ
ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』『イオビエ』『猫沢家の一族』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。

Instagram:@necozawaemi

小林孝延

こばやし・たかのぶ
編集者。『天然生活』『ESSE』など女性誌の編集長を歴任後、出版社役員を経て2024年3月に独立。インスタグラムに投稿したなかなか人馴れしない保護犬福と闘病する妻そして家族との絆のストーリーが話題になり2023年10月にそれらの内容をまとめた書籍『妻が余命宣告されたとき、僕は保護犬を飼うことにした』(風鳴舎)を発表。連載「犬と猫と人間(僕)の徒然なる日常」(福井新聞fu)。現在は元保護犬1+元野良猫4と暮らす。

Instagram:@takanobu_koba

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