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自由の到来か、それともディストピアか? 早川書房編集者・一ノ瀬翔太が読む『メタバース さよならアトムの時代』

人間という存在自体が計算機によって計算される時代

アトムの時代からデータの時代へ。これによってある種の「タイムトラベル」も可能になる、という指摘が面白い。バーチャル空間をアーカイブすることで、過去をいつでも追体験できるのだ。著者が経営するメタバースプラットフォーム「クラスター」でも、実際にバーチャルイベントのアーカイブ機能を実装したことがあるという。著者自身、アーカイブを体験し、過去の自分と出会ったことについて「形容しがたい感動体験だった」と記している。

つまるところ、メタバースとは何だろうか? 一時期プログラムやコンピューター処理がなんでもかんでもAI(人工知能)と呼ばれたように、現在巷ではなんでもかんでもメタバースな感があるが、著者は次のような「定義」を与えている。

「機械による計算が人間の生活に根ざし、最終的には人間という存在自体が計算機によって計算される時代の到来──それこそが、メタバースである。」

ビットで表現される、計算可能な存在になること。まずもって、これは「自由」の到来であろう。たとえば男性が美少女のアバターを用いるなど、物理世界とは異なる姿かたちを取ることができる。所与の外見や性別、現実において膠着した立場からの解放。自らの「身体」を完全なコントロール下に置くこと。

だが、ここで注意しなければならない。この「自由」がひとたび他者の手にわたってしまえば、自分がたやすくコントロールされうるということに。文字通りの、人間のハックが遂行される。メタバースという言葉を生んだSF『スノウ・クラッシュ』は、そういう危険を描いたものだった。あるいは、ディストピアな管理社会も、管理する側にしてみれば、人民を思いのまま自由に支配できる社会である。

実際、こんなことが起きている。バーチャル美少女ねむ『メタバース進化論』によれば、Meta社が現在ベータ版を提供している「Horizon Worlds」では、アップデート時にアバターの見た目が大きく変わってしまったユーザーがいたという。ねむ氏は「おそらくアップデートにともない、アバターに使用されていたパーツが何らかの理由で別のものに差し替わってしまったことが理由だと思われますが、メタバースにおけるアバターはユーザーのアイデンティティそのものであり、プラットフォーム側の都合で勝手に変更していいようなものでは決してないと私は考えます」と述べている。

本書で紹介されているアバター用ファイル形式「VRM」は、こうした危うさに抗する安全弁のひとつと言えよう(『メタバース進化論』でも、Horizon Worldsの設計思想と対置する形でVRMに触れている)。VRMでは、「アバターの操作をするのはアバター作者のみに許される」といった許諾設定を、ファイルそのものに適用できる。「倫理的なルールを自律的に守らせる仕組みが必要だ」という著者の提言は、今後ますます重要になっていくに違いない。

メタバース時代に、果たしてどんな世界が到来するのか? アトムの時代からデータの時代に移行しようとも、それは依然として私たちの選択にゆだねられている。

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新刊紹介

一ノ瀬翔太

1992年生まれ。東京大学卒業後、早川書房に入社。担当した書籍にニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ〔新版〕』、江永泉・木澤佐登志・ひでシス・役所暁『闇の自己啓発』、マイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』、宮本道人監修・編著/難波優輝・大澤博隆編著『SFプロトタイピング』、ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』、ジョセフ・ヒース『啓蒙思想2.0〔新版〕』など。

Twitter @shotichin

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