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過去と現在をつなぐ、無二の美術案内~音ゆみ子氏(府中市美術館学芸員)が『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』を読む

 絵画の語る内容を読み解く、というのは西洋絵画の王道の鑑賞法である。しかし、多くの日本人にとって、それは簡単ではない。神話やキリスト教の主題や、画面に散りばめられた象徴に馴染みがないだからだ。そこで欠かせないのが案内役である。本書では、小説家で美術史家でもある石沢麻依さんが案内をしてくれる。ただし、昨今、書店にたくさん並ぶ美術の案内本や入門書とは違う。各章は、まず小説家である著者の体験が物語のように語られ、それから美術史家の視点で絵画史的な考察へと踏み込んで、再び現代へ戻ってくるという、少し変わった構成なのである。
 たとえば、第1章は、石沢さんが友人と旅したフランスの美術館で《イーゼンハイム祭壇画》に出会うところから始まる。祭壇画の主人公はキリストだが、石沢さんと友人の視線は、キリストではなく、聖母マリアとマグダラのマリアという、二人のマリアに注がれる。すると一転して、絵画史の解説パートへと進み、《イーゼンハイム祭壇画》以外のさまざまなマリアの絵画作品を逍遙しながら、キリスト教世界での二人のマリアの図像についての深い理解へと、読者を誘い込んでいく。そして、このパートが終わって再び現実の世界に戻ると、石沢さんは美術館を出るのだが、彼女の目は、赤ん坊を連れた街角の女性と、前を歩く友人に、静かに惹きつけられる。赤ん坊を連れた女性のコートは青、友人のコートは赤と、それぞれ聖母マリアとマグダラのマリアの目印となる着衣の色だったからである。マリアの図像という歴史の中で積み重ねられた決まり事を知った目には、現実の世界の赤と青のコートの女性が、神聖なものに見えたわけである。
 こんなふうに、石沢さんは、目の前の世界と過去の美術作品を行き来しながら、歴史的な絵画が内包する意味を、単なる過去の美術に関する知識としてだけでなく、今なお現代人の感じ方の中にも生きているものだと思わせてくれる。それは、過去と現在をつなぐ、無二の名画案内である。

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下記より、『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』第1章「聖母とマグダラのマリアの描かれ方」が読めます!

『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』4月4日発売!
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新刊紹介

石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に小説『貝に続く場所にて』『月の三相』、エッセイ『かりそめの星巡り』がある。

音ゆみ子

東京都生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科美学美術史学分野前期博士課程終了。府中市美術館学芸員。専門はフランス近代美術史。「アルフォンス・ミュシャ ふたつの世界」展、「インド細密画」展、「マリー・ローランサン」展、「藤田嗣治」展などを担当。著書に、『作って発見!西洋の美術』(東京美術)、『キーワードで読み解く 西洋絵画を知る100章』(共著、平凡社)など。

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