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絵画の中の物語を読み取るために、寄り添い共に眼差してくれる~長谷川未来氏(漫画家)が『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』を読む

 私は絵を見るのが好きだ。絵画を見て、美しいと思う。けれどもなぜ美しいと感じたのか、どこに心惹かれたのか、言葉にするのは難しい。この本は、そんな風に絵を見て感覚的に捉えた何かを言葉の形にしてくれる。絵画の中で豊かに語られる物語を読み取るために、そっと寄り添い共に眼差してくれるのだ。

 まず各章のはじめに語られる著者である石沢さん自身の物語がどれも魅力的だ。頭に降ってくる魔女の人形、鏡像の写真。それらの物語を読み進めるうちにイメージは様々な絵画作品へと広がっていく。絵画作品を眺めながら石沢さんが眼差す先を見つめていると、それらの絵画が語る言葉が少しずつ聞こえてくる。

 いつしか自分自身も絵画の中に入り込んでいる。賑やかな都市を歩き回り、蝋燭の炎に照らされる聖女の側に佇み、時には女神の肌にそっと触れる。さらに知りたいと絵画の奥へと進んでいく。そうして絵の中に深く潜りこみ現実に戻ってきた時、描かれた世界がただの絵として切り離されたものではなく、自分や社会と繋がっていることに気づく。例えば、魔女として描かれてしまう人々は今もまだいるのではないかと。絵画の言葉を知り、対話できたからこそ体感できた不思議な感覚だった。

 絵を描く側の人間としては、描くための手がかりを多く得られる頼もしく、そして身が引き締まる一冊でもある。3章の「画家は都市の肖像画を描く。個人肖像と同じく、絵の中で土地の印象もまた深く汲み取られてゆく」という一節を読んで、自分はこのように向き合って土地の肖像を描けているだろうかと問い直す。また8章、ファム・ファタルへの「物語が奪われてゆくことで、美しく彩られた女性たちは匿名的な存在へと変えられてしまうのかもしれない」という言葉に自戒する。絵になる一瞬だけを切り取って、登場人物の物語を、人生を置き去りにしていないだろうか。

 私は漫画という絵と言葉で物語を紡ぐ表現手段で作品を作っている。この本を通して一枚の絵がこれほど豊かに語ることを知った。ならば物語を描く自分は真剣に描く対象と向き合い、線の一本一本で語らねばならない。

 実はこの本を手にしてから、原稿を描いていて表現に行き詰まった時に度々読み返していた。これからも絵の言葉を聞きたくなる度に、また自分が描いていて悩む度にページをめくる大切な一冊になるだろう。

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下記より、『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』第1章「聖母とマグダラのマリアの描かれ方」が読めます!

『饒舌な名画たち 西洋絵画を読み解く11の視点』4月4日発売!
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新刊紹介

石沢麻依

いしざわ・まい
1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川龍之介賞受賞。
著書に小説『貝に続く場所にて』『月の三相』、エッセイ『かりそめの星巡り』がある。

長谷川未来

はせがわ・みらい
漫画家。主な作品に『瀬をはやみ』『黒塚』『9%の幸福』『僕だけのまりか』など。
北九州市を舞台とした『生きとし生ける』を連載中、第3巻が2025年3月に発売となった。

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