2023.7.27
ゴールデン街というパサージュの生ける商品たち──作家・倉数茂が読む山下素童新刊
ショーウインドウに並べられた商品たち
「私小説というのは、自意識を物語の形に変換したものだ」。語り手はそう書く。自分が体験したことを、もう一度思い出し、味わい直し、言葉にしていくこと。それもまた自分をコンテンツにするやり方のひとつに違いない。ここに出てくる人たちは、風俗嬢であったり、YouTuberであったりと、たいてい自分をコンテンツ化している。そのため、語り手も目の前にいる女性がYouTubeの中でと同じ仕草をしているのに新鮮な驚きを感じたりする。プライベートはもう個人の内側に隠れているのではなく、承認という通貨を求めてネットに溢れ出している。コンテンツとなった人と人、想いと感情が、ぶつかりあい、愛しあい、安らぎを感じたり、憎しみを覚えたりして、ひととき重なる。本書に書かれているのはそうした現代の情景だ。
最後もまたベンヤミンで締めよう。ベンヤミンは19世紀のパリのパサージュ(アーケード式商店街)を題材に、ショーウインドウに並べられた商品たちの魅惑を語った。
とりわけベンヤミンが愛したのは、きらびやかな最新流行の品々ではなく、片隅で売れ残り、埃にまみれているような商品だった。そもそも路地裏の幅が狭く天井も低いパサージュ自体が──まるでゴールデン街のように──ベンヤミンが生きた20世紀には、すっかり時代遅れの産物だった。
商品は売れ残り、放置されることによって、謎めいた廃墟になり、秘密を隠したアレゴリーになる。人はそうした売れ残りを気安く消費することができず、むしろ、謎を味わうためにずっと手元に置いておきたくなる。
本書に登場する、公開動画と同じセックスを繰り返す風俗嬢や、初対面で抱きたいと言ってくる女などのどこか奇矯だが忘れ難い人物たちは、そのようにアレゴリーと化した生ける商品なのではないだろうか。彼女たち、彼たちは、ゴールデン街というパサージュのガラスの向こうから、読者に謎めいたまなざしを送っている。
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どうしたら正しいセックスができるのだろう――
風俗通いが趣味だったシステムエンジニアの著者が、ふとしたきっかけで通い始めた新宿ゴールデン街。
老若男女がつどう歴史ある飲み屋街での多様な出会いが、彼の人生を変えてしまう。
ユーモアと思索で心揺さぶる、新世代の私小説。
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