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スピリチュアルと江戸文芸……ぶっとんだ世界を読む/書くということ【酉島伝法+児玉雨子 対談】

作詞家・小説家の児玉雨子さんが、9月26日に発売した『江戸POP道中文字栗毛』。松尾芭蕉や井原西鶴をはじめとした近世文芸を、現代カルチャーと結びつけ、ユーモラスに紹介したエッセイが話題を集めています。

そんな児玉さんが愛読する一冊に、酉島伝法さん『るん(笑)』があります。日本SF大賞の受賞歴のある酉島さんが、科学とスピリチュアルが逆転した日本を舞台にしたディストピア小説です。『るん(笑)』の文庫版は先月9月20日に発売されました。

そこで今回、両者の刊行を記念したお二人の対談をお届けします。経歴や作品ジャンルも異なる2人が、各々と作品と創作秘話に関して語り合ってくださいました。

構成/佐藤隼秀

人はなぜスピリチュアルにのめり込むのか

児玉 酉島さんの『るん(笑)』では、スピリチュアルや迷信にすがりつき、不浄で不吉な現実から目を背ける登場人物の姿が描かれています。例えば「がん」のことを「るん(笑)」とポップに呼んだり、「死ぬこと」を「超次元に旅立つ」と肯定的に言い表したり、市販薬の服用をヒステリックに嫌ってオーガニックな食品を好んだり……。
 こうしたスピリチュアルや迷信に傾倒する方のエピソードは、あらゆるメディアで目にしますが、一般的には滑稽な対象として扱われがちだったと思うんです。
そのなかで『るん(笑)』が示唆的だったのは、当事者を小馬鹿に描いていないところでした。むしろ当事者になり切ったかのような肉薄さで、肯定も否定もせず淡々と登場人物を描写しており、良い意味でゾクゾクするような生々しさにあふれていました。

酉島 呼び方を変えて気を楽にしたい気持ちにはある程度共感しながらも、原因から目を逸し続けることに強い危惧を覚えつつ書いていました。
 普段科学的に根拠のない迷信から距離を置いている人でも、心身ともに憔悴しきっていたり、重い病に罹っているときには、何かにすがってしまうものだと思うんですよね。だからこそ、そこにつけこむ詐欺まがいのものも多いわけですし。
 誰しもそうした側面はあるので、『るん(笑)』では、スピリチュアルや迷信の中で生きる登場人物を向こう側だと突き放すのではなく、その内面から描くことで別の観点を露わにしようと試みました。児玉さんがゾクゾクされたのは、登場人物たちとの間にどこか繋がっている部分を感じられたからでしょうか。

児玉 私はどうしてもスピリチュアルになじめないのですが、敬遠する気持ちがどこから生まれているのか考えたとき、根源には不浄なものから頑張って目をそらそうとする姿勢があると気づいたんです。
 つまり、表面的にはスピリチュアルと距離を取っておきながら、内面は傾倒する人と同じ心理を持っていたんですね。迷信やスピリチュアルにハマりやすいからこそ、距離を取ろうと自然に防衛本能が働いていたのかもしれません。『るん(笑)』を読んでゾクゾクした一因には、この自分の矛盾を目の当たりにしたからなんです。

酉島 不浄なものから目をそらす、という共通点にはなるほどです。敬遠していたはずの人が、なにかのきっかけですっと境目を超えてしまうことがあるのは、そういうことなのかもしれませんね。
 振り返ると子供の頃から、自分の周りには迷信や疑似医療寄りの人が多かったんです。親が親戚になんにでも効くという健康食品をたくさん買わされたり、その催しにいやいや参加させられたりして。その頃はさほど疑問にも思ってなかったんですが、大人になるにつれだんだんおかしいことに気づいてくる。友人たちが、運勢を変えるために自分の誕生日をずらしたとか、最近は石鹸を月光にあてている、と言い出したり、学生の頃先生に掌を向けられて、波動を感じることを求められたり、アポロは月に行ってない! と職場の人が興奮して語り出したり、お店に入ったら隣の席の人が「チャクラが下付きだから調子が出にくい」とあたりまえのように話していたり。現代科学がそれなりに浸透した世界に生きているつもりだったけど、そういうときは急に別の世界線に紛れ込んでしまったみたいに不安になって、もしかして世界の総体は自分と思っているのとはだいぶ様相が異なるのでは、と思うようになったんです。

児玉 本当にそんな人がいるんですね!

酉島 そういう個別の色んな体験が煮詰まったりよじれたりしながら点と点を結んでいって、『るん(笑)』を書く下地になりました。
 例えば、小学生の時はとにかく家で本を読んでいたくて、学校を休むために体温計を服で擦って目盛りを上げていました(笑)。37度だと行きなさいと言われるんですが、38度だと休ませてもらえる。それで38度あるときは、人間は休むべきなんだな、と知ったんです。でも休み過ぎたせいで検査入院させられて、えらいことになったと思いながらベッドで寝ていたら、親が担任から千羽鶴を預かってきて、ベッドに掛けたんです。クラス全員で折ってくれたのだと思うと、申し訳無さで卒倒しそうになって、二度とすまいと深く反省したんですが、それと同時に、もし病気だったとしても皆の気持ちへの申し訳なさでしんどかったなと思ったんですね。気が進まずに折った人もいたんだろうな、とかも想像して。すべて虚構だけで書ければいいなとも思うんですけど、どこか一点でも自分の経験とつながれば、かけ離れた登場人物にも入り込みやすくなるんですね。

児玉 私は閉所恐怖症なのですが、はっきりとしたきっかけがあったわけでもなく、余計不安になってパニックが連鎖することがあります。スピリチュアルや迷信にのめり込んでいく人も、最初は些細な気持ちの揺らぎから、徐々にゲンかつぎなんかを信じるようになるのが始まりなのかなと感じます。
 こうした感情の波が加速して、歯止めが効かなくなるような過程が、『るん(笑)』では緻密に描かれている。妙にリアルでスリリングというか、他人事とは思えないんです。
 ちなみに私は、前世で圧死したから怖いんだ、と無理矢理こじつけを作ることで、閉所恐怖症のパニックを落ち着かせています(笑)。

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児玉雨子

こだま・あめこ
作詞家、小説家。1993年生まれ。神奈川県出身。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。2021年『誰にも奪われたくない/凸撃』で小説家デビュー。2023年『##NAME##』が第169回芥川賞候補作となる。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

酉島伝法

1970年大阪府生まれ。小説家、イラストレーター。2011年、「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞。2013年刊行の連作集『皆勤の徒』は『SFが読みたい! 2014年版』の国内篇で第1位となり、第34回日本SF大賞を受賞。2019年、初長篇『宿借りの星』も第40回日本SF大賞を受賞した。他の著作に『るん(笑)』、共作に『旅書簡集 ゆきあってしあさって』がある。

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