2022.7.3
片ときも休まず泳ぎ続ける回遊魚のように——宮下奈都さんが読む『本を読んだら散歩に行こう』
認知症が進行する義母の介護、双子の息子たちの高校受験、積み重なりゆく仕事、長引くコロナ禍――。
ハプニング続きの日々のなかで、愛犬のラブラドール、ハリーを横に開いた本は……?
読書家としても知られる村井さんの読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集です。
本書の刊行を記念して、連続書評特集をお届けします。
第3弾は、小説『羊と鋼の森』(本屋大賞受賞作)やエッセイ『ワンさぶ子の怠惰な冒険』など、村井さんもかねてからの大ファンである小説家の宮下奈都さんです。
10年ほど前に村井さんをTwitterで知り、翻訳書もエッセイも読んでいるという宮下さんは、どのように本書を読まれたのでしょうか。
(文/宮下奈都 構成/よみタイ編集部)
生きている限りつねに泳ぎ続ける
ありふれた喩えだけれど、村井理子さんの文章を読んでいると回遊魚を思い出す。生きている限りつねに泳ぎ続ける、サメやマグロやカツオのような。
最初に村井さんを知ったのはTwitterだった。ツイートからものすごいエネルギーが発散されていることに圧倒され、思わずフォローしてしまった。十年くらい前の話だ。それから村井さんの翻訳した本を何冊も読み、エッセイもリアルタイムで読んできた。もちろんおもしろい。しかし、おもしろいというだけでは足りない、「怒涛」とか「過剰」とかいう単語で形容したくなるエネルギーがやっぱりあふれ出しているのだった。
今回のエッセイも雄弁で饒舌だ。笑わせてくれる一篇もあれば、素晴らしい掌編小説を思わせる一篇もある。いずれにせよ、片ときも休まず泳ぎ続ける回遊魚の勢いで、村井さんは書く。まるで、書き続けなければ倒れてしまうかのように。
いつだったか、読者の方からの「家族の話をそんなに書いて、(家族関係は)だいじょうぶですか」という旨の質問に村井さんと私、ふたりで答えたことがある。私たちの意見は「だいじょうぶです」で一致した。「家族のほんとうの百分の一、千分の一も書いていないから」と私は話した。噓は書かないけれど、起きたことそのままを書くわけではない。書かないことのほうがずっと多い。当然のことだと思っていた。ただ、村井さんの「だいじょうぶ」はちょっとニュアンスが違った。全部は書けていないからだいじょうぶなのだと、どちらかといえば謙遜の混じる表現だった。それがとても印象に残った。
本書を読んで、納得した。自分の内面を臆することなく書き切ることで、私は「赤裸々に書いてしまった」という感情ではなく、「今回も譲ることなく書けた」という気持ちを抱く。(P80)家族の話に限らず、自らの話を書きたくて書きたくて書き続けている。何が村井さんを書かせているのか、その正体もしっかりと正面から書かれている。答えを知れば、回遊魚のイメージはあながち間違いではなかった、と思わざるを得ない。
本書にはエッセイ一篇の後に一冊ずつ本が紹介されている。その選書がまたおもしろかった。エッセイと本、組み合わせの妙が楽しめる。
(宮下奈都/小説家)
6月24日発売! 読書案内&エッセイ集
想定外の人生、かたわらには、犬と本。
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