2021.8.16
小人が見える女子大生
「小人が見える人」ってのは、それほど珍しくないと思う。「小さいおじさんをよく見ちゃうんです」って言ってくる女の子、俺はもう何人も会っているし。
でも、うちの映画サークルにいたユキって子だけは、ちょっとタイプが違ってたな。
彼女は本気で「小人を怖がってる人」だったんだ。
──小学生の時から私、ずっと小人に襲われ続けてるんです。
新歓コンパの自己紹介で、ユキは皆にそう告げた。変な奴が入ってきたぞと面白がって、俺たちも具体的なエピソードを聞き出していった。
「小人たちは大勢いて、たいてい時計の裏に隠れている」
「子どもの頃、寝てる間によく小人たちに腕を嚙みつかれていた」
「自分が大きくなってきて、ようやく小人の攻撃もおさまってきた」
……こうしてみるとファンタジーだけど、彼女が本気で怖がってるのは口ぶりから伝わってきた。最後には「もう、このことは話しません」って宣言されたし。
「頭がおかしいと思われるから、本当は他人に言わないようにしてます。自己紹介だから話したけど、今日だけです」
ああ、そこらへんはちゃんと自覚してる子なんだなって思った。実際、普段の彼女はかなりマトモだったよ。
様子がおかしくなったのは、同じサークルの男子と付き合いはじめてからだった。
その彼氏によれば、恋愛関係になってからというもの、ユキがことあるごとに「小人が小人が」と騒ぎ立てるようになったのだとか。
例えば、彼が女友だちを紹介しようとしたら、「ぎゃあ!」と叫んでその場にうずくまる。
女友だちの右肩に、小人が乗ってるっていうんだ。それがニヤニヤしながら髪を引っ張ってる。「だから、もうあの子と関わらないで!」とゴネだす始末。
ある時は、「たいへんなことが起きてるから、すぐアパートに来て!」と電話がかかってきた。バイトを早退して彼氏が駆けつけると、部屋の中が水浸しになっている。床から玄関まで、もうびしょびしょ。
ユキによれば、自分が帰ってみたらこの有様だったという。流しも風呂も水が出しっぱなしで、排水口に「小人」が詰まっていた。やつらはこういう攻撃をしてくるんだ、と。
「まな板に小人の足跡が付いてる」って騒いだこともあったな。彼氏から画像も見せてもらった。確かに、木のまな板の上に、小さな足跡みたいな汚れがついてたよ。その頃のユキは「最近、小人が部屋を自由に歩き回るようになった」とすっかり怯えていたらしい。
でもそれ、わざと自分の握りこぶしと指で、ぽんぽんとつけた跡なんじゃないの? 女友だちのは嫉妬からの言いがかりだし、水だって彼氏の気をひくための自作自演じゃないの?
つまり全部、ユキの噓なんだろう。サークルの皆は、そう考えていた。本人たちに直接は言えなかったけど、どんどんやつれていく彼氏を見て、心配していたものだった。
案の定、二人はすぐに別れたよ。
そこからユキは、完全に精神を病んでしまった。いったん大学を休んで、実家に帰ることになった。というか、心配した両親に、身一つで無理やり連れ戻されたらしい。