2021.7.30
隙間から入り込もうとするもの
うちの向かいの雑居ビルが取り壊され、小さな空き地ができた。
だから今、その先に建つマンションの裏側が、すっかり丸見えになっている。
マンションといっても立派なものではない。築五十年は経っていそうな、七階建ての寂れたビルだ。
ずっと昔は、隠されていたこちら側も有効利用されていたのだろう。こうなってみて初めて、裏にも各部屋ごとの窓がはめこまれていることがわかった。雑居ビルと隙間なくぴったり隣接していた時は、こんなもの開けても意味がなかったはずだ。
そして各フロアの端には、コンクリートが四角く塗りこめられた跡も見える。非常口のようなドア枠を埋めた痕跡なのだろう。経緯は知らないが、隣にビルが建つタイミングで、外階段が撤去されたのかな。
そんな景色をぼんやり眺めていると、建物にまつわる文字通り「裏の歴史」を観察しているようで、なんとなく楽しくなってきた。
ただ気になるのは、マンション下の壁際にある、ボロボロの布きれだ。
長さは一メートルほど、焦げ茶色の汚いマントのようなもの。それが地面の上の手すりにひっかけるように置かれている。
はじめは、目立たないところにゴミを放置しているだけかと思っていた。
しかし二、三日経った頃、布きれの位置が変化していることに気がついた。
それはいつのまにか、二階の上の方にぶらさがっていたのだ。
風でまくれ上がって、どこかの突起にひっかかったのだろうか。
汚いなあ、危ないなあ。風の強い日にでも、こちらに飛んできたら嫌だなあ。
見えにくい位置だから、住人たちもわかっていないようだ。早いところ、大家か管理会社が取り払ってくれないものか。
そして翌日。布が三階部分に吊されているのを見た時、さすがにおかしいと感じた。
確かに高層ビルみたいなつるつるした外壁ではない。でもいくら風でずれたとして、その都度ちょうどよくどこかにひっかかる偶然が、ありうるだろうか。
住人の誰かがイタズラで動かしている? 長い竿を使えば、ずらすのは可能だろう。それでも上手く固定するのは難しいし、第一そんなことをする意味がわからない。