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隙間から入り込もうとするもの
めくるたび、どんどん怖くなる。 『一行怪談』で知られる吉田悠軌さんの書き下ろし怪談集『日めくり怪談』から選りすぐりのお話をご紹介します。 1日5分の恐怖体験をお楽しみください。

隙間から入り込もうとするもの

 うちの向かいの雑居ビルが取り壊され、小さな空き地ができた。
 だから今、その先に建つマンションの裏側が、すっかり丸見えになっている。
 マンションといっても立派なものではない。築五十年は経っていそうな、七階建ての寂れたビルだ。
 ずっと昔は、隠されていたこちら側も有効利用されていたのだろう。こうなってみて初めて、裏にも各部屋ごとの窓がはめこまれていることがわかった。雑居ビルと隙間なくぴったり隣接していた時は、こんなもの開けても意味がなかったはずだ。
 そして各フロアの端には、コンクリートが四角く塗りこめられた跡も見える。非常口のようなドア枠を埋めた痕跡なのだろう。経緯は知らないが、隣にビルが建つタイミングで、外階段が撤去されたのかな。
 そんな景色をぼんやり眺めていると、建物にまつわる文字通り「裏の歴史」を観察しているようで、なんとなく楽しくなってきた。
 ただ気になるのは、マンション下の壁際にある、ボロボロの布きれだ。
 長さは一メートルほど、焦げ茶色の汚いマントのようなもの。それが地面の上の手すりにひっかけるように置かれている。
 はじめは、目立たないところにゴミを放置しているだけかと思っていた。
 
 しかし二、三日経った頃、布きれの位置が変化していることに気がついた。
 それはいつのまにか、二階の上の方にぶらさがっていたのだ。
 風でまくれ上がって、どこかの突起にひっかかったのだろうか。
 汚いなあ、危ないなあ。風の強い日にでも、こちらに飛んできたら嫌だなあ。
 見えにくい位置だから、住人たちもわかっていないようだ。早いところ、大家か管理会社が取り払ってくれないものか。
 
 そして翌日。布が三階部分に吊されているのを見た時、さすがにおかしいと感じた。
 確かに高層ビルみたいなつるつるした外壁ではない。でもいくら風でずれたとして、その都度ちょうどよくどこかにひっかかる偶然が、ありうるだろうか。
 住人の誰かがイタズラで動かしている? 長い竿を使えば、ずらすのは可能だろう。それでも上手く固定するのは難しいし、第一そんなことをする意味がわからない。

(イメージ画像/写真AC)
(イメージ画像/写真AC)
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新刊紹介

吉田悠軌

よしだ・ゆうき
1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。実話怪談の取材および収集調査をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。
『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』『現代怪談考』『新宿怪談』『中央線怪談』など著書多数。

Xアカウント @yoshidakaityou

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