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SF作家はどうして未来を予測できないのか──直木賞作家・小川哲の傑作エッセイ【全文公開】

小川哲さんの新刊『屁理屈と哲学』がTikTokやXを中心に話題を呼んでいます!
小川さんがこれまで書いてきた様々な文章の〈切り抜き〉から構成される本書は、発売直後からSNSで切り抜き画像が拡散されています。

今回、『屁理屈と哲学』に収録される〈切り抜き〉の出典の一つである“幻のエッセイ”(2021年執筆)を公開します。

☆黄色のマーカーの箇所が、書籍に掲載されている〈切り抜き〉部分です。
切り抜かれた文章とエッセイ全体で雰囲気がどう変わるのか、既に本書を読んだかたも、変化を感じてもらえれば嬉しいです。
小川哲氏(撮影:キムラミハル)
小川哲氏(撮影:キムラミハル)

「人間的な」観点から、技術の進歩を無視することがある

 新型コロナウイルスが流行った頃に、何度か「コロナ禍の世界を予言したSF小説を紹介するエッセイを書いてほしい」という依頼を受けた。そのたびに、僕は腕を組んでしまった。

 そもそも、SF小説は未来を予言するものなのだろうか。

 時としてSF作家が「予言者」と呼ばれることは知っている。実際にSF作家は様々な「未来」を予言してきた。「インターネット」「震災」「メルトダウン」「スマホ」「人工知能」「月面着陸」など、過去のSF作家が描いた未来が現実となった例はいくつもある。コロナに関してはどうだろう。実際にパンデミックを扱ったSF作品は数多く存在するし、その中のいくつかはコロナ禍の社会で起こった事柄の一部分をかなり正確に予測している。

 だが、僕が言っておきたいのは、SF作家の仕事は未来を予言することではないし、正確な未来を知るためにSF作品に触れるべきでもない、ということだ。

 たとえば二十世紀のSF作家の多くは、電話がいずれ消滅するコミュニケーション手段だと考えていた。当時の作品に描かれた未来では、距離を隔てた人々は「映話」で会話をしていたのだ。「映話」とは映像通話、いわゆる「テレビ電話」のことで、技術的にはかなり前から可能になっていたが、結局のところ電話が消滅することはなかった。

 SF作家の予言が実現していない例なら、他にも数多くある。核兵器を用いた第三次世界大戦は起こらなかったし、いまだに車は空を飛んでいない。人類は火星に到達していないし、世界政府が誕生する兆しもない。僕の知る限り、瞬間移動も、タイムトラベルもまだ実現していない。

 コロナのようなデザインのウイルスをフィクションに登場させた例も知らない。パンデミックを題材にしたフィクションでは、多くの場合「致死率が非常に高いウイルス」が「誰かの手によって作られ」、「人類は滅亡を回避するために戦う」話になる。コロナのように、致死率はさほど高くないけれど、感染力が非常に強いウイルスによって世界中が苦境に陥る、という形のパンデミック作品は、少なくともSFの主流ではなかった。
 
 では、どうしてSF作家は未来を予測できないのか。

 答えを簡潔に言うと、「人間だから」だ。「人間だから」というのは、SF作家自身が人間だから、という意味だけではなく、未来を作り上げていく主体が人間だから、という意味も含む。

「科学技術が将来的にどんなことを可能にするか」という観点だけなら、それなりに予測することができる。先ほど例に挙げた「映像通話」もそうだ。遠く離れた人と聴覚を使ってやりとりすることができるのなら、いずれ視覚を使ってやりとりすることもできるようになるだろう、という発想だ。その発想を広げていけば、今後は投射した三次元のホログラムを使って、肉体を使ったコミュニケーションができるようになるだろう、という予測なんかもすることができる。

 しかし、そういった技術を僕たちが使うようになるかはわからない。実際に、僕たちは映像通話が可能になってからも、電話を使い続けている。お互いの顔が見えないという電話の技術的に未熟な点が、コミュニケーションにおいて有効に働いたのだ。もっと言えば、電話よりさらに情報量の少ない「テキストチャット」が現代のコミュニケーションの主流となっている。

 最先端の技術があったとしても、それを利用するのは結局のところ僕たち人間だ。僕たちは人生の様々な選択を、進歩という尺度だけで選んでいるわけではない。面倒そうだったり、不都合だったり、お金がなかったり、時間がなかったり、そういった「人間的な」観点から、技術の進歩を無視することがあるのだ。
 
 僕たちは技術の進歩を無視するだけでなく、「制限」することさえある。

「倫理」の問題だ。現代においては、技術だけでなく、というかそれ以上の速度で、倫理も進歩している。たとえば研究開発された新薬は、市場に出回るまでに複雑な試験を通過しなければならないし、人間のクローンは主に倫理的な理由から実用化に至っていない。便利な技術も、社会の基準が変わってしまえば無用のものになってしまう可能性がある。夢のような技術が悪用されたり、ユートピアがディストピアに反転したりすることもある。

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小川哲

(おがわ・さとし)
1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。2017年『ゲームの王国』で第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。2022年『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、翌年同作で第168回直木三十五賞を受賞。同年『君のクイズ』で第76回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞。他の著作に『嘘と正典』、『君が手にするはずだった黄金について』、『スメラミシング』などがある。

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