2022.4.20
野村克也、田中角栄……すぐれたリーダーが持つ言葉の力とは?【畠山理仁×加藤弘士対談】
野村監督は人生の柱になるような言葉をぽっと置いていってくれる
加藤
はい、そうだと思います。すごく勉強家でしたし、そういう言葉をノートや手帳にめちゃくちゃ書かれる方でしたね。おそらく、ご自身はお金がなくて大学には行けなかったけど、相当な学力があったはずなんです。のちの名捕手、名監督としての実績を考えても。でも大学に行けなかったことを、ずっとどこか自分の中で足りないものとしていて、僕が担当していたのは野村監督の60代後半からですけど、それを埋めようとすべく、キャンプ中など本当によく本を読まれていました。そして、ノートにメモしていくんですよね。一度、見せていただいたこともあるんですけど、「この方は一生、勉強する方なんだ」と思いました。受験生のようなノートでしたよ。
畠山
横書きで? サイズはどれぐらいですか? メモ帳みたいな?
加藤
横書きで。A4くらいのノートにびっしり書いているときもあれば、ホテルの部屋のデスクにあるメモにボールペンで書いているときもあったり。それを見て「昨日読んだ本にこんな言葉があったんだよ」みたいなことを話してくれることもありました。あのクラスになられても、ずっとご自身で自分を磨く勉強をされていたことはかなり衝撃的でした。常に自分も学ぶことを止めちゃいけないんだということを痛感しましたし、だからこそ、あんなにすらすら名言が飛び出たんでしょうね。ものすごいコピーライターじゃないですか。翌日の新聞の1面にそのまま出るんですから。
畠山
見出しになるような言葉が。
加藤
はい。「マー君、神の子、不思議な子」なんてパッと言えないですよ。でも、「7回ぐらいが終わると、試合後の取材で何を言うか考えてるんだよ」みたいなことをぽろっと言ってくれたことがあって。そういう感じで、自分の話す言葉で世間がどう動くか、選手がどう動くかっていうことを、常に計算されていた方なんですよね。
畠山
加えて野村さんには、人を褒める技術があるというか、褒めることがその人の成長につながるっていうことを、意識してなのか無意識なのか分からないですけど、されていたようですね。野村さんから言われたひと言が、その後の人生の糧になるというか、人生の柱になるような言葉をぽっと置いていってくれるような魅力があるんですよね。
加藤
そうですね。今回の本で多くの方を取材してびっくりしたのは、みなさん監督の言葉を克明に覚えているんですよ。監督はそのときに思ったことを言っただけで、絶対に覚えていないはず。「そんなこと、俺、言ったっけ?」とよく監督は言うんですけど、まさに畠山さんのおっしゃるとおり、ぽっと置いていっている感じなんですよね。その置いていった言葉を、言われた人たちはすごく大切なものとして、人生の生きる上での糧にしている。だから、本当に優れたリーダーとはそういうことができる人なんだなって思います。人を動かす言葉と術を知っているというか。
田中角栄さんもそうだったって聞きますよね。官僚の人たちをすごく褒めて、やっぱり角栄さんについていこう、角栄さんのために汗を流そうということを思わせることにすごく長けていたと。シダックス時代の野村監督も一緒で、なんとか監督を胴上げするんだっていう感じでチームが一つになっていました。そこはすごく優れたリーダーの条件なのかなって思いました。
畠山
あとは、責任を自分で負う姿勢じゃないですか。野村さんには「選手は悪くない、監督が悪いんだ」みたいな言葉もありますよね。田中角栄さんや、その後の竹下登さんも、その意味でいうと、いろんな人やメディアからすごく批判をされても、法的手段で名誉毀損だとかって訴えることはしなかったんですよね。
田中さんの場合は、「田中角栄が批判されればされるほど、それはそれだけ私が仕事をしていることだと思ってほしい」ということをずっと母親に言っていたりする。批判はもちろん甘んじて受けるし、それを世の中のために次のパワーに変えていくんだ、みたいなリーダーの器があったのかな、と思います。だから、言うだけ言って逃げるとかではなく、自分がやったことの責任や批判はしっかり受け止める。口だけじゃなくて、やり続ける大きな器があった。今はなかなかそういうリーダーはいません。たぶん、野球界でいう野村克也さんのように、田中角栄本がなくならないのはそういうこともあるかもしれませんね。
加藤
たしかに。“野村本”は世界に200冊以上あるとか言われているんですよ。今作は、そもそも野村監督が書いた本ではないわけですが、ことのほか多くの方が読んでくれて、うれしい感想もいただいています。お亡くなりになって2年が経った今、改めて野村克也という偉大な方を取材させていただいてたんだな、やっぱ監督すげえなって思いました。だからこそ、野村監督がご存命のときに出したかったなという想いはあります。読んでほしかったですね。原稿をほめられたのは1回しかなかったので。
畠山
でも、1回あるんですね。
加藤
はい、1回だけ。シダックス時代の野村監督に指導哲学みたいなことをマンツーマンで聞いて1ページにまとめたんですけど、その記事は「よく書けていた」と言われました。私は入社から6年ほど営業をやってから記者になったのですが、まだ記者2年目ぐらいのことでした。一生、忘れないです。その言葉で、「俺はもうこの世界で、メシ食っていける」って思いましたから。
(終わり)
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