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ネイサン・チェン、宇野昌磨、鍵山優真…元国際審判員の視点で北京五輪SPトップ3の技術の凄さを探る

連続メダルに向けよいスタートを切った宇野昌磨。SP自己ベストの105・90点で3位につけた。(撮影:榎本麻美/JMPA)
連続メダルに向けよいスタートを切った宇野昌磨。SP自己ベストの105・90点で3位につけた。(撮影:榎本麻美/JMPA)

4種類の4回転ジャンプを跳ぶ宇野昌磨

 宇野昌磨の最大の武器は、ネイサンが世界最高得点を叩き出した2019年グランプリファイナルのフリーでも3種類しか跳んでいない4回転ジャンプを4種類(フリップ・ループ・ サルコウ・トウループ)跳ぶところにあります。特に4回転フリップは、彼が16年のコーセー・チームチャレンジカップのショートプログラムで史上はじめて成功させたことで知られています。
 平昌五輪での銀メダル以前から、14年のJGPファイナル、15年の世界ジュニア選手権で優勝するなど頭角を現し、シニアに上がって以降も世界選手権で2年連続で銀メダル獲得。全日本選手権でも16年から19年まで4連覇を達成するなど、すでに世界的トップスケーターのひとりです。

 彼がフリーのパーソナルベストを記録して優勝した、19年の四大陸選手権での演技を見てみましょう。
 プログラムの後半に入ったあたりで3連続のコンビネーション・ジャンプのあと、少しバランスを崩しましたが、それ以外のジャンプはノーミス。また、ジャンプだけでなく、ステップの基本技術も洗練されていて、トータルで高い能力を持つスケーターであることがわかります。

 ただ、緊張もあったのかもしれませんが、少し動きが硬いように感じられます。腰が入り過ぎ、胸を突き出したような姿勢も気になります。この姿勢だと身体全体が後傾になっていて、ブレードの正しい位置に乗れていない可能性があります。ブレードの前後の中心よりも少し前、先端から3分の1程度のところに体重をかけるのが正しい乗り方です。肩の力を抜き、ブレードの正しい位置に乗るように、つねに心がけることが表現力でも高得点を得ることにつながると思います。
 このフリーの得点は197・36点。欠点が少ないという点ではネイサンとタイプ的に似ていますが、数字を見ると、ふたりの実力にはまだ差があります。
 18〜19年シーズンは度重なるケガに苦しみ、20〜21年シーズンはコロナ禍の影響もあって練習環境が整わない期間もありましたが、宇野が北京五輪でベストの演技を見せれば、メダル争いに割って入る可能性は十分にあります。

 それを証明したのが、21年11月、オリンピックシーズンのグランプリシリーズ第4戦・NHK杯。宇野は合計スコア自己ベストで優勝を飾ります。このときの演技をリンクサイドから確認しましたが、ひと皮剝けた印象を受けました。身体全体から無駄な力が抜け、前述した姿勢の問題点も解消されていました。宇野は、メインコーチ不在の期間を経て、一昨シーズン途中からトリノ五輪の銀メダリストでもあるスイス人のステファン・ランビエールの指導を受けています。練習の拠点をスイスに移した直後から世界はコロナ禍に襲われましたが、ようやく状況が安定し、ステファンの指導の成果を実感できているのでしょう。

無限の可能性を秘めた鍵山優真のジャンプ

18歳初出場の勢いそのままに、得意のジャンプはパーフェクト。元気な演技を見せた鍵山優真。(撮影:榎本麻美/JMPA)
18歳初出場の勢いそのままに、得意のジャンプはパーフェクト。元気な演技を見せた鍵山優真。(撮影:榎本麻美/JMPA)

 平昌五輪後に急成長を遂げたのが、2003年生まれの鍵山優真です。
 彼の父親は、1994年のリレハンメル五輪に出場し、全日本選手権では90年から92年に3連覇を達成した鍵山正和さん。そして、この父親がコーチとして育ててきた優真は、日本フィギュアスケート界のサラブレッドといえます。

 鍵山が一躍、注目を集めたのは、なんといっても3位の羽生を抑えて準優勝した2021年の世界選手権でしょう。この大会ではショートプログラム、フリーともにパーソナルベストを更新し、彼にとって大きな飛躍の機会となりました。このときのフリーの演技を見てみましょう。

 幼さの残る面立ちですが、リンクに登場したときの表情からは世界選手権初出場とは思えないほどの落ちつきが感じられます。さすがに元オリンピック選手の父親が二人三脚で育てただけに、基本技術はすでに完成の域といってもいいほど洗練されています。そして、彼の演技で特に注目したいのがジャンプのランディング。4回転はトウループとサルコウ、ループの3種類ですが、3回転は6種類すべてを跳ぶことができます。そして、その完成度の高さに目を奪われます。
 どことなく、伊藤みどりのジャンプを思い出させます。特に、まず上に上がってから回転を始め、下降曲面で回転するようなイメージは、みどりのジャンプに通じるものがあります。軸がしっかりと定まっているからこその、美しい回転です。そして、しっかりと回り切ってから、落ちついて着氷。そのため、フリーレッグのさばきが非常に優雅に映えます。

 プログラムの中盤で2回、ジャンプで着氷のあとバランスを崩した場面がありましたが、それ以外に大きなミスは見当たりません。スピンでも回転軸がブレていません。課題は、やはり表現力でしょう。このとき、まだ17歳なのだから、仕方ない面もあります。ただ、今後さらに上を目指すためには、父親以外のコーチからの指導も必要になってくるはずです。いずれにせよ、彼が「超逸材」であることは疑う余地がありません。

 この大会で優勝したネイサンとは、総合得点で30点近い差をつけられています。この差を、伸び盛りの鍵山が1年でどれだけ縮められるか。18歳で迎えるオリンピックで、特に鍵山のように基礎から地道に積み上げてきた選手にいきなり金メダルを期待するのは、欲張り過ぎかもしれません。しかし、いずれは金メダルを獲らなくてはいけない選手です。そのために北京五輪では、ミスを恐れず思い切り演技することが求められます。

 そんな期待のなかではじまったオリンピックシーズン。鍵山は11月のグランプリシリーズ第3戦・イタリア杯、第5戦・フランス杯で優勝を飾ります。イタリア杯のフリーでは計3度の4回転ジャンプを決め、自己ベストとなる197・49点を記録しました。12月のグランプリファイナルが中止となったのは本当に残念でしたが、このコンディションを維持しながら、北京五輪までに技術の精度を高め、感覚を磨いていければ、驚くような結果に出会えるかもしれない。そんな可能性を感じさせる急成長を見せています。

(以上、一部敬称略。得点などは北京五輪前のものです)

鍵山優真は108・12点のSP世界歴代3位の得点で堂々の2位。初のメダルに向け完璧なスタートを切った。(撮影:榎本麻美/JMPA)
鍵山優真は108・12点のSP世界歴代3位の得点で堂々の2位。初のメダルに向け完璧なスタートを切った。(撮影:榎本麻美/JMPA)

フィギュアスケート観戦をよく深く面白く!

伊藤みどり、荒川静香、安藤美姫、浅田真央、高橋大輔、羽生結弦、宇野昌磨、鍵山優真……日本フィギュアスケートを世界の頂点に導いた裏には、日本人ならでは特性を生かした高度な技術「ジャンプ」という武器があった――。スケート連盟強化部長・国際審判員として長く舞台裏で活躍してきた著者が記す、日本フィギュアスケートの技術の歴史書。

書籍『たかがジャンプ されどジャンプ 日本フィギュアスケートに金メダルをもたらした武器』の詳細はこちらから

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城田憲子

しろた・のりこ●1946年東京都生まれ。フィギュアスケート女子シングルおよびアイスダンスの選手として活躍。全日本選手権アイスダンスで2連覇。引退後、94年から2006年まで日本スケート連盟フィギュア強化部長を務める。
06年トリノオリンピックでは荒川静香の日本初の金メダル獲得を牽引。ISU(国際スケート連盟)レフェリー・ジャッジの資格を持ち、長年にわたりオリンピックや世界選手権などで審判員も務めた。

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