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明け透けな語りを通して見えてくる「本音だらけの世界」……横道誠さんが読む『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』

明け透けな語りを通して見えてくる「本音だらけの世界」……横道誠さんが読む『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』

8月26日に姫野桂さんによる電子書籍『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』が配信開始されました。
よみタイでの人気連載が電子オリジナル書籍として刊行されるにあたり、連続書評特集をお届けします。

第2弾は、文学研究者で、発達障害の自助グループを主宰する横道誠さん。
発達障害の当事者研究を通して、さまざまな声に触れてきた横道さんは、本書をどのように読まれたのでしょうか。

 発達障害の当事者本は「若いジャンル」だ。発達障害者支援法が施行されたのは2005年。それから今年(2022年)まで17年しか経っていない。17年は長いと感じる若者もいるかもしれないけれど、人類史上で認知されてきたさまざまな病気や障害の歴史と比べると、発達障害が私たちに認知されてきた歴史はめちゃくちゃに浅いと言える。私たちは、ひとつの黎明期に生きているのだ。
 日本で発達障害者の声が書物を通して語られてきた歴史も長くない。第一波と言えるのは、ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』(1993年)、テンプル・グランディンの『我、自閉症に生まれて』(1994年)、グニラ・ガーランドの『ずっと「普通」になりたかった。』(2000年)、アクセル・ブラウンズの『鮮やかな影とコウモリ』(2005年)など、海外の本が続々と翻訳された流れだ。黒船来航のようにして、欧米の当事者の声が日本に溢れだした。
 第二波は、この黒船たちに対する衝撃をきっかけとして、『自閉っ子、こういう風にできてます!』(2004年)のニキ・リンコと藤家寛子、『自閉症の僕が跳びはねる理由』(2007年)の東田直樹、『発達障害当事者研究』(2008年)の綾屋紗月など、日本人の当事者が語りだした流れだ。これらは発達障害者支援法の登場と軌をいつにしていた。
 第三波は、2010年代にコミックエッセイなどを通して、より軽やかに自分達の実生活を語りだした人々が作った流れ。世間で発達障害が急速に認知されていくなかで、そのような本の需要は高まるばかりだった。
 そして第四波は、2010年代末から発生している現在の流れ。『発達障害の僕が「食える人」に変わったすごい仕事術』(2018年)の借金玉や、『私たちは生きづらさを抱えている』(2018年)の姫野桂、『みんな水の中』(2021年)の私・横道誠などが、発達障害者同士の交流から学んだ生きた知識、また発達障害に関する新しい常識を身につけながら語っている。「若い」発達障害当事者本のジャンルで、姫野さんは最先端を進んでゆく。

 私はデビューする前、借金玉さんや姫野桂さんの本をじっくり研究して、「これからライバルになる彼らから、たくさん吸収しておこう」とたくらんだものだった。でも結局は、ほとんど何も吸収できなかった。姫野さんも上述のデビュー作や、『発達障害グレーゾーン』(2018年)、『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ」解消ライフハック』(2020年)、『生きづらさにまみれて』(2021年)で描いてきたことだけれど、一口に発達障害者と言ってもひとりずつの個性は多様をきわめている。発達障害のない定型発達者から見ると、借金玉さんや姫野さんや私、そして数々の先人たちは、みんな似た者同士ということになるだろう。けれども、発達障害者の本人たちの側から見たら、ひとりひとりはもちろんはっきり個性が異なっている。共通点が多いだけに、かえって相違点もくっきり見えてくる。
 似てるけど、ちがっている。この実態をリアルにつかむには、姫野さんが得意とするインタビューの手法が最適だ。何より発達障害者は歯にきぬ着せぬ正直者だから、じつを言うとインタビューに適性がある。インタビュアー自身が、出し惜しみなく自分自身まで丸裸にしてしまおうとするから、グッとおもしろくなるのだ。その「裸芸はだかげい」の達者ぶりに関して、姫野さんの右に出る者はいない。

 姫野さんの新刊『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』でも、私は姫野さんの自己開示をしげしげと読みふけってしまった。姫野さんは、過去の著作でも「大丈夫なのか」と心配になるくらい生身の自分をさらけだしていた。このサービス三昧ざんまいは、風俗嬢体験などを語った『生きづらさにまみれて』で頂点に達したと思う。その本を読みながら、私は、姫野さんにはこの先に何があるのだろうかと心配したほどだった。だが、『ダメ恋やめられる!?』でも姫野さんはさらに自己開示を進めていく。なるほど、心配する必要はなかったのだ。姫野さんの人生は続くから、そのつど現在進行形の自分史をさらしていけば良い。そして発達障害を持った仲間にインタビューすることで、相手の体験を自分のかずかずの体験と乱反射させていくことができる。姫野さんはいわゆるバンギャだが、彼女自身が女性ロッカーのようだ。「あの姫野さんの〈いま〉」をファンは楽しんで追いつづけることになるだろう。
 発達障害者は不器用だから、何かをうまくオブラートに包んで、波風を立たせないように表現することが難しい。この特性は嫌われることも多いけれど、それだけに私たちの語りには、いつでも死ぬ間際の白鳥が絶叫しているかのような迫真性がある。本書に出てくる発達障害女性たちが、ファッション迷子、ポリアモリーへの満足、ホスト沼、風俗嬢体験、薬物や整形への依存を語る。姫野さんが自身の面食い癖、ヤリ捨てされた体験、摂食障害(痩せすぎからぽっちゃりへ)などを語る。それらが明け透けな姫野ワールドのなかで踊りまわっている。
 姫野さんのインタビューで、ひとりの女性は「私、〝量産型女子〟のような、どこにでもいそうな普通の女の子、にはなりたくてもなれないんです」と語っていた。その通り、発達障害女子は「量産型女子」にはなれない。なりたくても絶対になれない。そんな彼女たちの本音だらけの世界を、『ダメ恋やめられる!?』を通して味わってみてほしい。

電子オリジナル書籍として配信中!

集英社 定価1100円(税込)
集英社 定価1100円(税込)

嘘をつけない、空気を読めない、移り気、言われたことをそのまま信じてしまう……。
発達障害の特性によって、恋愛というクローズドな関係性において問題を抱えてしまう女性たち。
セフレ、二股、ヒモ、ホス狂い……彼女たちが「ダメ恋」にはまってしまうのはなぜなのか。
一見「モテ」ている彼女たちが直面している、セクハラ、モラハラ、DV被害の数々が明らかに。
『私たちは生きづらさを抱えている』『発達障害グレーゾーン』などの著書があり、自身も発達障害当事者のライター・姫野桂さんが、10人の発達障害女性の恋愛事情に迫ったよみタイの人気連載が、電子オリジナル書籍として配信開始!

『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』の詳細はこちらから

※本作は電子書籍のみでお読みいただける電子オリジナル作品です。

『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』書評一覧
●細川貂々さん 長年の疑問が氷解……漫画家・細川貂々さんが読む『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』
●横道誠さん 明け透けな語りを通して見えてくる「本音だらけの世界」……横道誠さんが読む『ダメ恋やめられる!? 発達障害女子の愛と性』

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新刊紹介

横道 誠

よこみち・まこと
1979年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科研究指導認定退学。文学博士(京都大学)。現在、京都府立大学文学部准教授。専門は文学・当事者研究。著書に『発達界隈通信 ——ぼくたちは障害と脳の多様性を生きてます』『イスタンブールで青に溺れる ——発達障害者の世界周航記』『唯が行く! ——当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』『みんな水の中 ——「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』がある。

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