2025.11.7
場と機会を経営する【前編ゲスト:内沼晋太郎さん】
人が楽しく働ける仕組みをつくる
染谷 内沼さんはさまざまなお仕事をされていますが、最近はどのようなプロジェクトをしていらっしゃるのでしょうか?
内沼 いろいろありますが、例えば世田谷区の旧池尻中学校をリノベーションした「HOME/WORK VILLAGE」という施設の運営に携わっています。小田急電鉄さんを含めてコンソーシアムを組成して公募に手を挙げ、、採択されたので運営会社を発足し、世田谷区に家賃を払って運営を担っています。行政の所有する建物ではあるけれど、民間がしっかりリスクを取る形です。

染谷 なるほど。下にテナントがいて、ある意味サブリース的な構造ですね。
内沼 僕自身がずっとそこに居続けられるわけではないので、主に「どういう旗を立てたら魅力的な場になるか」「どういうルールや仕組みを敷けば人が生き生きと働けるか」を考えるのが自分の役割です。現場にいる人が心地よく、力を発揮できれば、自然と場が立ち上がってくると思っています。
染谷 すごく共感します。いま僕は、ある地方の老朽化した公民館や児童センターをリプレイスし、民間テナントを入れる複合施設をつくろうとしていて。まさに、座組を通じて「続けられる場」を設計するということをやっています。
内沼 まさにそういう形で、僕自身も組織をつくっています。最近ではBONUS TRACKを運営する散歩社でも、少し前にCOO(最高執行責任者)候補を公募して、いまはだいぶ円滑に進むようになりました。なるべく自分の下に2人の責任者を置いて、互いに相談しながら進められるようにすると、自分のコミットが最低限でも、現場判断がしやすいと感じています。
染谷 自分が動かなくても場が続くようにするって本当に大事ですよね。そのための座組って、一度つくって終わりではなく、常に変化しながら手を入れ続けていかないといけない。
内沼 そうですね。動いている状態を眺めながら、そこに最適な調整をしていくことが必要ですね。なかなか難しいですけれど。
染谷 最近、いろいろな場づくりの現場で「どうすればこの場を続けていけるのか」という問いに直面することが増えています。

もちろん、はじめるときには「続ける前提」で立ち上げるけれど、実際にやってみると続けること自体がすごく難しい。特に「経済」と「文化」の両立を目指すような場は、理想だけでは成立しない場面がどうしても出てきますよね。
内沼 僕はやはり「そこにいる人が楽しくいられているか」を、すごく大事な判断基準にしています。もちろん黒字か赤字かという数字も大事なんだけど、それより前に、その場所で働いている人がどう感じているかを見ていないと、健全な判断は難しい。
染谷 たしかに。いま、まさにそういうフェーズにいて、現場のスタッフが本当によく頑張ってくれているのですが、その頑張りがすぐに結果につながらなかったりすると、どうしても士気が落ちるんですよね。
内沼 分かります。その場にいる人の表情から見えてくることは、かなりあると思います。
あらかじめ「撤退ライン」を決めておく
染谷 やはり「やめるか/続けるか」は難しい判断ですね。どこまで粘るか、どこで撤退するか。
内沼 僕の場合なるべく、あらかじめ「やめる時点」を決めておくようにしています。たとえば「この時点で黒字化していなければやめよう」とか「この額以上お金が減ったら次の判断に移ろう」とか。そうやって、自分なりの「撤退ライン」を先に設定しておく。でないと、ずるずる続けてしまって、従業員にも取引先にも迷惑がかかる。それに、自分の時間をどう使うかということも大事にしたいから。
染谷 あらかじめ決めておくって、すごく大切ですよね。そうでないと、どうしても情が出てきて、「あとちょっとだけ」などと思ってしまいがちです。
内沼 もちろん修正はあり得るけど、「最初に決めたラインを超えて、それでも続ける」というのは、あまりいい判断ではないことが多い。だから、事業上の判断というよりも、自分の人生の時間をどう使うか、という観点で考えることが大事だと思っています。
染谷 なるほど。 僕自身、これまでのご縁や流れの中でいろいろなことに手を出しながらここまで来て、結果的にどれもやめられずにきたという感じなんですよね。だから、本当に行き当たりばったりで。
でも、どの現場にも共通していることは、自分が企画した場所で、そこを訪れた人が楽しんでくれていることが、自分にとっての一番の報酬だということ。それが結果的に数字にも現れてくる。だから、多くの困難があっても、いまも続けられている気がします。
内沼 それは大事ですよね。その報われ方って人によって違うけど、染谷さんの感じ方もすごくよく分かります。

知を世界中に行き渡らせるために
染谷 今の内沼さんにとって、「本屋の仕事」とは、どういうものなんでしょうか?
内沼 僕はいろいろやっているように見えるかもしれないけど、最初にお話しした通り、感覚的には全部「本屋の仕事」なんですよ。紙の本をきちんと残していくこと。もっと言えば「知」を届けるためのことに、ずっと取り組んでいるつもりなんです。豊潤な知があって、それが世界中に行き渡り、健全な議論が生まれる社会をつくるべきだと思っていて。

でも、それが今は脅かされつつある。本という「まとまった知のパッケージ」はすごく重要なものなのに、出版流通の仕組みが崩れてきていて、それとともに本そのものも危うくなっている。だから、全然違う回路をつくらないといけないと思っているんです。
染谷 めちゃくちゃ共感します。僕がひらくという会社をつくるときに、「本」だけに限定しなかったのは、逆説的ですが、そのほうが多くの人に幅広く本を届けられると思ったからなんです。だから「本」を前面に出さずに、「場と機会をつくり、うれしい時間を提供する」というビジョンを掲げました。「場と機会」という、本に出会うための空間やきっかけに注目したんです。
内沼 そうですよね。「本」を大事にするからこそ、本の世界だけに閉じこもっていてもしょうがない。外に出て、別の場所に本との接点をつくっていかないといけないと思います。
染谷 それでいうと、今住んでいるつくばに家を建てるのですが、敷地内にある古い納屋を「文庫」にしようかと考えていて。コモンズとしてひらくような、地域の人が自由に立ち寄って読めるような場所。自分の生活圏で本を通じた関係性をつくろうと思っています。
内沼 いいですね。僕も東京と2拠点生活をしている長野の御代田で、「みよたの広場」というコモンズ的な場の立ち上げに携わりました。実際にやってみると、思ってもいないことが次々に起きるんですよね。
染谷 分かります。
内沼 そこに出入りする人が、他の人に声をかけたりして、新たなプロジェクトが始まる。自分もその後、地域での活動の次のフェーズとして、今度は隣町の軽井沢に、本のある小さなお店を友人たちとつくることになりました。
染谷 その広がっていく感じ、よく分かります。まさに理想的な「場と機会」ですね。今日はいろいろと興味深いお話が聞けて参考になりました。どうもありがとうございました。
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本と人が出会う場をつくり、その場で本を通じて何かが始まる機会をつくる。それを実践している内沼さんの歩みには、改めて深く共感するものがありました。というか、ずっと背中を見てきたんだな、と。
いくら素晴らしい空間やコンセプトがあっても、それが経済的に成り立たなければ、その場と機会も消えてしまう。逆に利益だけを追ってしまえば、人の心に余白を生むような場はつくれない。
経済と文化、その両方を支えながら企画を育てていくには、理想を語るだけでなく、現実を見つめ、設計し続ける持久力が必要。そしてそれは、そこにいる人との関係性のなかで生まれたり変わったりする。
内沼さんとの対話は、「場と機会」とは何かを考えるきっかけになりました。次回は長野県に行き、株式会社わざわざ代表の平田はる香さんを訪ねます。
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