2025.10.17
決して沈黙しない、ものを言うアーティストとして先頭に立ってきたテイラー・スウィフト。最新アルバムから読み解くメッセージとは?【社会に言葉の一石を。もの言う女性アーティスト特集 第1回】
声を上げるという行為――セクハラ裁判から政治的発言へ
テイラーの「声を上げる」姿勢が世界に知られるきっかけとなったのが、2017年のセクハラ裁判だ。
2013年6月、コンサート・ツアー「The Red Tour」(2013〜14)中のコロラド州デンバーにあるコンサート会場で、写真撮影中にラジオ局の男性DJからお尻を触られた。この事件を巡り、職を失ったDJから名誉毀損で訴えられた彼女は、1ドルの損害賠償を求めて反訴。この「1ドル訴訟」は、金銭ではなく尊厳を賭けた象徴的な闘いとして語り継がれている。勝訴後のテイラーは、「私には、法廷で莫大な費用を負担する能力も戦う力もあった。だからこそ、声を上げられない人を助けたい」と語り、女性支援団体への寄付を表明した。その後は、#MeToo運動に賛同し、DV被害を公表したケシャを支援。『TIME』誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」では“沈黙を破った人々”のひとりとして選ばれた。
裁判ののち、テイラーは社会に向けてより積極的に発言するようになる。Netflixのドキュメンタリー『Miss Americana』(2020)では、法廷で聞いた第一声が、被害者を卑下するような言葉「なぜ黙っていた?」「なぜ逃げなかった?」であったことを明かし、被害者が法廷で浴びせられる心ない質問や社会の偏見を赤裸々に語ることで、「女性が沈黙を強いられる現実」を可視化してみせた。
「ものを言うこと」の重要性を知ったテイラーは、その後は政治にも踏み込み、2018年にはトランプ政権を批判し、2024年大統領選ではカマラ・ハリス支持を表明した。「私が動くことで誰かが救われるなら」と語る言動力は、“勇気”ではなく“責任”としての意志へと変化したと言っていい。
テイラーの原点には常に“共感”や“連帯”、“シスターフッド”がある。2012年の日本での会見では、「恋をしても失恋しても、音楽に浸ることで“自分は一人じゃなかった”と思えるし、曲を作る時は一人でも、その曲を聴いて励まされる女の子たちがお互いにわかり合えて、絆ができることが素敵だと思っている」と話していた。
彼女のコンサートが“大規模な女子会”と形容されるのも、観客が痛みや喜びを共有し、合唱するからだ。取材での凛とした受け答えや、一時期「テイラー軍団」と呼ばれるセレブな女子たちを率いたリーダーシップにも、彼女が“動くことで誰かを救おうとする”信念がにじむ。
言葉を奪い返し、女性の物語を再定義する
最新アルバムは、“女性を語る言葉”を更新するアルバムと言ってもいい。「Eldest Daughter」では、家族や社会などからの期待を背負い、“強くあること”を演じてきた女性の葛藤を“長女”にたとえて描く。テイラーはSNSの時代に社会や人前で演じる役割も含め、女性が強がりな姿を脱ぎ捨て、 自分の弱さを受け入れながら愛と誠実さを選ぶ、つまりは“信頼を得るほど近くに寄ってくれた相手”に心を開く瞬間を歌う。
「Honey」では、女性が男性から与えられた呼称を取り戻す。かつて男性から“honey”や“sweetheart”などと呼ばれることは、従属の象徴だった。“bitch”は女性ラッパーたちによって支配される側から支配する側へと転じて“戦う女の力”となったが、テイラーは“honey”を自分が愛されるに値する存在であることを信じるための言葉として扱い、皮肉を込めて“honey”と呼ぶ人物と、誠実で愛おしい意味を込めてその言葉を使う人物を対比させている。
「Actually Romantic」では、女性同士の嫉妬や悪意を“愛情表現の裏返し”と再定義し、「本当にロマンチックね、こんなに注目してくれるなんて」と、冷笑する。
「CANCELLED!」では、キャンセル・カルチャーを“現代の“魔女裁判”として捉え、炎上や裏切りで刻まれた傷を、恥ではなく連帯の印へ転換していく。ここでテイラーは、 “But if you can’t be good, then just be better at it(いい子でいられないなら、もっと上手に悪くなりなさい)”としたたかさを称え、女性たちをエンパワーメントするのだ。つまり、ハブられることを恐れず、それを力に変える“新しい女性の美しさ”の定義を描き、人生の中でその人が自分をどう扱い、どんな行動を取るかに基づいて、自分で判断を下すことを提言する。
ちなみに婚約者のトラヴィス・ケルシーが気に入っているという曲「Opalite」は、人工的に作られるオパールのこと。オパールはスピリチュアルの世界では、癒し・再生・自己受容の石とされ、トラヴィスの誕生石でもある。テイラーはこの人工石に、“人生の幸福は自ら創り出すもの”という比喩を重ねる。
「Ruin The Friendship」では、キスしなかったままで永遠の別れになったことを後悔しながら、チャンスが訪れた時はそれを逃がさないこと、「沈黙」よりも「自分の真実」を大切にすることを示す。 「Wi$h Li$t」では、各人の願望が他人と同じである必要はないとしつつ、テイラー自身が気づいた今欲しいものを歌う。「Wood」では恋愛に関して「迷信を信じること」から「自身で決定する」、その意思の転換を軽やかに官能的なユーモアを込めている。
テイラー・スウィフトのキャリアを自己神話化
最後を締める「The Life of a Showgirl」では、架空のショウガールのキティ→ 語り手 → 実在のサブリナ・カーペンターという流れに乗せて、名声と中傷の狭間で生きてきたショウガールの物語を歌う。
“痛みごと愛すること”こそが、真のショウガールの生き方とし、“I’m married to the hustle (私は努力と結婚した)”というフレーズには、恋愛でも名声でもなく“仕事”にアイデンティティを結びつけてきたテイラーの覚悟が記されている。そして記録的な大成功を収めたコンサート・ツアー「The Eras Tour」(2023~24)のオープニングを務め、親交を深めたサブリナ・カーペンターとの共演は、まさに“次世代のショウガール”への継承だ。
実際にこのツアーの最終公演の最後にテイラーとサブリナが交わした言葉と歓声でこの曲を締めることで、“ステージの上の物語(ショウ)”と“現実のポップミュージック業界”が重なり合うメタな瞬間でアルバムはエンディングを迎える。こうすることで、テイラー・スウィフトのキャリアを自己神話化させていくのだ。
このように見ていくと、テイラーはこのアルバムで「女性を語るワード」を再定義し、“女性たちが他人の言葉に奪われた自己像を取り戻す”という、ポップ・フェミニズムの完成形も見えてくる。UKツアー中にロンドンを起点に、音楽プロデューサーであるマックス・マーティンとシェルバックの地元スウェーデンとを行き来しながら完成させた入魂の一枚。これらの皮肉と機智に富んだ歌詞を、みんなで歌えるポップなメロディで包み込んだ最新アルバム『The Life of a Showgirl』が、女性たちをエンパワーメントするアンセムとして売れるのは当然だろう。この先に結婚式を控えたテイラーは、まさにいま安堵の時間を過ごしているのではないか。
テイラー・スウィフトは、1989年ペンシルベニア州生まれ。2006年にアルバム『Taylor Swift』で、カントリー・ポップ系シンガー・ソングライターとしてデビューした。セカンドアルバム『Fearless』(2008) でグラミー賞の「年間最優秀アルバム賞」を最年少で受賞したのをはじめ、これまでグラミー賞14回受賞するなど、若くして世界的ポップ・アイコンへと上り詰めた。ブルームバーグ通信の最新の長者番付の推計では、総資産は21億ドルに達するといい、 これは父親の現在の職業がファイナンシャルアドバイザーというのも大きいだろう。
テイラーは、本作品は「The Eras Tour」からインスピレーションを得たといい、「ドラマチックで壮大な叙事詩的な作品で、12曲全てが強烈なインパクトを持っていて、それぞれがまるで映画みたいなの」と、語る。
自身の名を付けたヴィジュアルメディアの制作会社を2008年に設立しているが、今回アルバムのリリースと同時に全米で公開された映画『The Official Release Party of a Showgirl』では監督・脚本・製作を担当しているほどの力の入れようだ。『The Life of a Showgirl』であげられた声は、ここから個人の物語を超え、時代を動かす“連帯の歌”へと拡がっていく。
なお、国内盤『ザ・ライフ・オブ・ア・ショーガール』は3形態(通常盤、デラックス盤、日本語帯付きLP)で2025年12月12日(金)に発売されることが決定。
さらに、ディズニープラスにて、「The Eras Tour」の舞台裏を6エピソードに渡って収めたドキュメンタリー・シリーズ『Taylor Swift | The Eras Tour | The End of an Era』と最終公演の様子をフルで収めた『Taylor Swift | The Eras Tour | The Final Show』が、同じく12月12日(金)より独占配信することが決定している。
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