2025.3.30
深夜のドンキでTENGAより買うことが恥ずかしかった1本の化粧水が、私の人生を劇的に変えるとは!【爪切男『午前三時の化粧水』一部試し読み】
挙動不審な様子で「豆乳イソフラボン化粧水」を購入
とてもじゃないが今夜は原稿と向き合える気がしない。私は丑三つ時の街へと自転車をこぎ出す。何も考えたくない、ここではないどこかに行きたい。だが、己の体重を支え切れずにフラフラするわ、ペダルをひと漕ぎするたびにブルドッグのような荒い鼻息を立ててしまうわで、そんなに遠くまでは行けそうにもない。
特に買うものもないが、通りかかったドン・キホーテにふらりと立ち寄る。これでもかと商品をねじ込んだご自慢の圧縮陳列と、目に優しくないド派手な配色のPOPを見ていると、沈んでいた気持ちが幾分マシになってくる。下世話なものにしか癒やせない心の痛手ってあるんだな。深夜のドンキに出没する人々は、この〝癒やし〞を求めてここに集まって来るのかもし
れない。
あてどなく店内を徘徊していると、ひと際眩しい光を放つ売り場が目に入ってきた。化粧品コーナーだ。街灯の光に吸い寄せられる虫のように、自分とは無縁だった未開の地へと歩を進める。深夜ということもあって他のお客さんの姿はない。
化粧品か……、高校生のころ、ヴィジュアル系バンドにハマり、家にあった化粧品を拝借し、見様見真似のメイクをして学校に行ったなぁ。大好きだったソフトバレエの森岡賢に倣ったつもりが、顔を白く塗り過ぎてしまい、志村けんのバカ殿様にしか見えなかった黒歴史。
昔、同棲していた彼女との生活もぼんやりと思い出す。大の風呂嫌いで二日に一度しか風呂に入らなかったズボラなあいつ、朝晩の化粧水だけは毎日欠かさずにいた。身体は臭くても肌だけはいつもスベスベしていたもんな。うん、本当にイイ女だった。
化粧水なんてちょっといい匂いがする水ぐらいにしか思っていなかったけど、チャッチャッと振りかけるぐらいなら、面倒臭がりの私にもできるかもしれない。
よし、化粧水を買ってみよう。と決意するも、その商品数の多さに閉口してしまう。「オイリー肌の人にはコレ!」とか「肌にいい〇〇〇〇を〇%配合!」と書かれていても、どの化粧水が自分に合っているのか皆目見当もつかない。ちょっと背伸びをして、生まれて初めて入った純喫茶で、アメリカンやウインナコーヒーの違いがわからずに困ってしまうあの感じ
である。
ふと視界に飛び込んできた「イソフラボン」という見慣れた言葉。これなら聞いたことがある。確か大豆に多く含まれている成分のはず……、うん、これに決めた。大の豆腐好きである私に相応しい逸品だ。挙動不審な様子で「豆乳イソフラボン化粧水」を購入。「TENGA」やエロ本を買うときよりも恥ずかしくて胸がドキドキした。のどが渇いたデブが飲み物と間違って買っていると思われないか心配だった。
何年振りかわからぬ自転車の立ち漕ぎで帰りを急ぐ。誰もいない深夜の交差点で、聖火ランナーのように化粧水を空に掲げる。YEAH! これが私の化粧水だ!
帰宅すると、時刻は午前三時を回っていた。すぐにお風呂場にドボン、いつもより入念に顔を洗う。「洗顔後に適量を手やコットンに付けて……お肌になじませてください」との説明書きがあるが、我が家にはコットンの類もなけりゃ適量もわからない。掌からこぼれ落ちそうな大量の化粧水を「もったいない、もったいない」と乱暴に顔にたたきつける。風呂上りの火照った肌には、ちょうどいい冷やっこさで気持ち良い。染みこめ〜染みこめ〜。誰にでもできる簡単なことなのに、お肌にいいことをしたという充実感で心が満たされる。まあ、おまじないみたいなもんですかねと、寝際に一杯のコーラを飲んでグースカと眠りにつく。
翌日、目覚まし代わりのコーラを片手に、いつものように公園で日向ぼっこに勤しむ私に、昨日の小学生たちが、また遠目から「ゴブリンゴブリン……」とはやし立ててくる。
そんなことより聞いてくれ、子供たちよ。私は今猛烈に感動している。ちょっと化粧水をつけただけなのに、今日の起き抜けの肌がモチモチでプルンプルンしていたんだよ。こんなの初めて……。化粧水って魔法の薬かなんかですか? 化粧水さえあれば、もしかしたら私は、ちょっとだけマシでイケてるゴブリン、イケゴブになれるかもしれないのか?
興味本位で手に取った午前三時の化粧水により、やんわりと美容に目覚めた一人のおじさん。その人生がちょっとだけ良い方向に変わっていく。そんな奇跡のような日々をここに綴る。
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40歳を過ぎた体重125キロの作家が、ひょんなことから「美容」と「健康」生活に目覚めたら……。
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【爪切男 刊行記念インタビュー後編(3月27日配信)】「美容に興味を持った生活をしていなかったら結婚には踏み切っていない」。
【『午前三時の化粧水』試し読み特集 その1(3月30日配信)】深夜のドンキでTENGAより買うことが恥ずかしかった1本の化粧水が、私の人生を劇的に変えるとは!
