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【決勝は明日29日】高校バスケ史に残る名指導者、故・佐藤久夫から福岡第一・井手口孝や畠山俊樹に引き継がれる名将の意志

田口元義さんの新刊『9冠無敗 能代工バスケットボール部 熱狂と憂鬱と』が話題の中、いよいよ明日29日に福岡大大濠と福岡第一の福岡対決で男子決勝を迎えるウインターカップ。今回は『9冠無敗』にもたびたび登場する、高校バスケ界の名将のひとり、故・佐藤久夫さんにまつわるストーリーをお届けします。

(取材・文/田口元義) 

能代工元監督・加藤三彦にとっての佐藤久夫

 能代工業高等学校(現:能代科学技術高等学校)「9冠の時代」における最大のライバルは仙台高等学校だった。
 1996年の東北大会で、のちに「高校ナンバーワンプレーヤー」となる田臥勇太が煮え湯を飲まされた相手が同校であり、98年まで実に11回もしのぎを削り合ってきた。インターハイ、国体、ウインターカップの主要3大会を制する「3冠」を掲げる上で、能代工にとって仙台は宿敵だったのである。
 電光石火の速攻にオールコートでのプレスディフェンス。スピーディにプレーが展開される能代工に対し、仙台は正確で堅実なバスケットボールを徹底していた。
 そんなチームを率いたのが佐藤久夫である。

「よく議論しましたね。『どのバスケットを優先するか?』って」

 懐かしむように回想していたのは、ともに切磋琢磨するライバルであり盟友でもあった能代工の元監督、加藤三彦だ。

「久夫先生は正確性が大事だという持論にすごく信念があった。コツコツと必要なことをチームに教え込んでいく監督でしたよね。そのためインターハイあたりだと未完成なイメージがあったんだけど、ウインターカップになると完成されたチームになっているんです」

能代科技高となって3年連続のウインターカップ出場。キャプテン中野珠斗を中心に奮闘するも土浦日大に敗れ1回戦の壁を破れず。(写真提供:日本バスケットボール協会)
能代科技高となって3年連続のウインターカップ出場。キャプテン中野珠斗を中心に奮闘するも土浦日大に敗れ1回戦の壁を破れず。(写真提供:日本バスケットボール協会)

 加藤が仙台をライバルだと認識していたように、佐藤にとっても能代工は日本一を果たすためにどうしても越えなければならない厚く、高い壁だった。日頃の練習から「そんなことでは能代工業に勝てないぞ!」と、事あるごとに喝破していたというから、相当、意識していたのは間違いない。
 佐藤が統率する仙台が「能代工超え」を果たしたのは、田臥たちが「9冠」の偉業を成し遂げた翌年の99年である。ウインターカップ準々決勝で宿敵を撃破すると波に乗り、悲願の日本一を達成。翌2000年には、国体とウインターカップの「2冠」を手にし、佐藤は、高校バスケットボール界のトップランナーとなったのである。
 その名将が明成高等学校(現:仙台大附属明成高等学校)に移ったのは05年だった。
 バスケットボール部の創部に伴い監督に就任すると、5年目の09年にウインターカップで初優勝。八村塁が入学した13年からはウインターカップ3連覇、15年にはインターハイでも優勝と黄金時代を築いた。ウインターカップは17年と20年も制していることから「冬の明成」と称されてもいる。

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田口元義

たぐち・げんき●1977年、福島県生まれ。元高校球児(3年間補欠)。雑誌編集者を経て2003年からフリーライターとして活動する。
著書に「負けてみろ。聖光学院と斎藤智也の高校野球」(秀和システム)などがある。

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