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「ウッドショックは希望の光」紀州の林業王が語る、国産木材への思いと林業の未来

紀州の木を世のために役立てたい

――榎本会長、2021年度天皇杯受賞、おめでとうございます。 ご自身の事業の特にどのような部分が評価されたとお考えですか。

山長商店は、江戸末期、育林事業に着手し、私で10代目となります。1720年頃から備長炭の販売を始めたのが当社の始まりです。
私の父が山林業から製材業へ進出を果たし、私が代を継いでからは、無垢国産材のプレカット(木造住宅建築用の木材を、現場での施工前に工場で切断したり接合部の加工を施したりしておくこと)に力を入れてきました。

山長商店代表取締役会長の榎本長治氏。後ろに見える銀色のトロフィーが、農林水産祭で授与された天皇杯。
山長商店代表取締役会長の榎本長治氏。後ろに見える銀色のトロフィーが、農林水産祭で授与された天皇杯。

年間原木消費量はおよそ3〜4万立方メートルで、業界内では中堅の規模ですが、育林から伐採、貯木、製材、プレカット加工までの一貫生産体制を取っていることが、当社の特徴です。自社所有の山で木を育てるところから家の柱になるまで、一貫して目を配ることができるため、高品質の無垢材を全国の工務店さんに直接供給することができると自負しています。
祖父、父、私と取り組んできた、「紀州の木を世のために役立てたい」という思いを評価いただき、ありがたい限りです。

――コロナ禍のウッドショックは、どのような影響がありましたか。

日本の木材建築の多くに、欧州から輸入するヨーロッパトウヒやヨーロッパアカマツのラミナ(集成材を構成する平割板)が使われます。しかしウッドショックにより、ラミナが7割くらいしか入ってこなくなりました。それで、国内最大手のプレカット工場「ポラテック」さんがいち早く受注を絞り、他の工場や工務店も一斉に集成材の確保に走ったために、国内は瞬く間に木材不足に陥ったんです。
外材がなければ国産材だということで、2021年の3月頃から、うちの本社には、木を求める商社さんや工務店さんがひっきりなしに訪れるという事態になりました。
しかも、5〜6月の梅雨の時期は、雨の影響で山から木を切り出すのが難しく、ただでさえ原木が減る時期なんです。だから、備蓄用の在庫をかき集めたり、スギのオーダーをヒノキに変えるなど、木種変更をしたりして、なんとか対応しました。
社員たちと、オーダー表と木材の社内在庫や生産計画とを照らし合わせて、どうすれば需要に対応できるか奔走していました。

――でも、商売的には嬉しい悲鳴だったのでは?

そうですね。うちの場合、2021年4〜6月は見積もり件数が例年の1.5倍ほどに増えていました。
春頃からスギもヒノキも、前年比で2倍ほどに市場の製品価格が値上がりしていたのですが、うちは、もともと付き合いのある工務店さんのことなどを考えて、しばらく販売価格の値上げはしなかったんです。7〜9月頃になると、市場価格に合わせて販売価格も上げざるをえない状況になり、値上げ後の売り上げは前年同月比でおよそ4割増になりました。
ただ、ウッドショックの前が、景気悪化の影響で、うちがメインに扱っている注文住宅の建築が減っていたので、売り上げがだいぶ落ちていたんですね。なので、そのぶんのマイナスを補填して、トントンといったところでしょうか。
それよりも、私は、ウッドショックによって、国産の木材に多くの人の目が向いたこと、そして、林業に希望の光が差し込んだことが大きかったと思っています。

――ウッドショックが希望とは、どういうことでしょうか。

これまで、原木の価格というのは下がる一方だったんです。林業従事者からすると、せっかく時間と手をかけて木を育てても、採算が取れず、将来の見通しが見えなかった。輸入木材も含めて供給過多で、需要者の側が主導権を持っているような状態が続いていました。
でも、ウッドショックで木材が供給不足となり、ある意味で立場が逆転し、供給側が主導権を握るようになりました。
原木の価格が上がり、木材の価格も上がることは、山へお金を返すことに繋がります。社会が木材の必要性に気づいて、そこにお金が回り、林業従事者が「山も、やりようによっては面白くなるかも」と将来への希望を抱けるようになったことは大きいです。
木を育てるためには約60年という年月がかかります。それが途絶えないためにも、山に関わる人々が希望を抱ける林業であり続けなければなりません。私自身、そうした林業の仕組み作りに取り組んでいきたいと考えています。

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