2021.10.29
学びのデザイナー・荒木博行さんが『センス・オブ・ワンダー』から受け取った〈感覚の回路をひらく〉意義
「もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」
では、その「感覚の回路」を具体的にどのようにひらいていけば良いのでしょうか。カーソンは本書の中でこう語ります。
見すごしていた美しさに目をひらくひとつの方法は、自分自身に問いかけてみることです。
「もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら? もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」と。
私は、カーソンの指示に従って、自我が膨張した際には、散歩に出かけながらこれらの言葉を呪文のように唱えることにしています。
「もしこの目の前にあるアガパンサスの花を、今まで一度も見たことがなかったとしたら、どんなことを感じるのだろうか……?」
見慣れて感動が薄れつつある花であっても、改めて新鮮な目で見返してみると、花の形や色彩など、信じられないくらいの微妙なバランスで成り立っていることに気づきます。そして、どの花も微妙にテイストが異なる。これらの花々は、もはや人間を超越した存在がデザインした至高の芸術品としか思えなくなるその瞬間、「自分の思考」や「自分の意図」なんてものは、この大きな世界の中で取るに足らぬ存在なのだと思い至るのです。
私の友人であるコンテクストデザイナーの渡邉康太郎さんは、かつて私に江戸時代の哲学者・三浦梅園の言葉を教えてくれました。
枯れ木に花咲くに驚くより 、生木に花咲くに驚け
つまり、非日常的なことに驚くのではなく、常にそこにある日常的なものにこそ感動があるはずだと。この言葉も、カーソンのメッセージにつながるものです。
「生木に花咲く」ような、何気ない日常は常にそこにあります。しかし、バランスを崩している時はそれに決して気付かない。他者や組織を当たり前の存在と見なし、周囲に対するリスペクトという概念は抜け落ち、やがては衝突ばかりが起きてしまいます。
そんな時、私たちは「感覚の回路」を思う存分ひらき、「神秘さや不思議さに目をみはる」のです。「生木に花咲くに驚く」ように努めるのです。そうすれば、今まで当たり前すぎて見えなかった他者や組織の真の存在が見えてくるでしょう。そして、自分だけの力でこの世の中を生きているのではなく、周囲によって生かされている自分の姿に気づくはずです。
私のデスクの横に常に置いてあるカーソンの『センス・オブ・ワンダー』は、そのような形で常に私を救ってくれているのです。
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