2021.10.29
学びのデザイナー・荒木博行さんが『センス・オブ・ワンダー』から受け取った〈感覚の回路をひらく〉意義
前回は、発明家の藤原麻里菜さんが、失敗を面白さに変える言葉のヒントになった本として『言わなければよかったのに日記』を紹介してくださいました。
今回は、(株)学びデザイン代表取締役で、先日『世界「失敗」製品図鑑』を出版した荒木博行さんに、ご自身を「継続的に救い続けている本」を紹介いただきました。
感覚の回路をひらく
「私を救った本」で何か書いてくれないか、というお題を頂戴しました。
さて困った……というのが最初の感想です。書籍によって幾度となく人生の危機を救われてきた私にとって、このお題に該当する本は多すぎて選べないのです。
しかし、「私を継続的に救い続けている本」という形でお題を若干アレンジすれば……、その答えはレイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』になります。
『センス・オブ・ワンダー』は、大きな反響を巻き起こした『沈黙の春』で一躍注目されたレイチェル・カーソンが、癌の宣告を受け、余命わずかのタイミングで書き残した遺稿的な作品でもあります。タイトルでもある「センス・オブ・ワンダー」とは、神秘さや不思議さに目をみはる感性のこと。1歳8ヶ月の甥のロジャー君に対して「センス・オブ・ワンダー」について語りかけるメッセージには、後世を生きる人たちへの願いのようなものを感じることができます。
では、その中の一節をご紹介しましょう。
子どもといっしょに自然を探検するということは、まわりにあるすべてのものに対するあなた自身の感受性にみがきをかけるということです。それは、しばらくつかっていなかった感覚の回路をひらくこと、つまり、あなたの目、耳、鼻、指先のつかいかたをもう一度学び直すことなのです。
書籍の中のこの一節、とりわけ「感覚の回路をひらく」という言葉は、何気ないものですが、この本に出会って以降、常に意識の片隅に置いている言葉です。
せわしなく仕事のことばかり考えているとき、感覚の回路は閉じています。目の前にある小さな存在に気づかなくなり、些細な変化にも鈍感になる。当然ながら、自分が他者によって生かされている、救われているという認識も薄くなり、「自分が何をしているか」にしか意識が向きません。自分は何をすべきか? 自分はもっと効率良くできるやり方があるはずではないか? 自分は……。自分は……。
私が人間関係で失敗するのは、大抵このように自意識が過度に膨大になり、思考に対する依存度が高くなってしまった場合です。脳内は活性化しているものの、感覚はここにあらず。その瞬間は、どこか傲慢であり、周囲の環境を当然の存在とみなしている。そんな「自己中心」であり、「思考中心」になりがちな私にとって、カーソンが残してくれた「感覚の回路をひらく」という言葉には、いつも救われています。
自分だけではなく周囲の存在に目を凝らすこと。思考だけではなく感覚にも依存すること。すぐにこのバランスが崩れてしまう私は、時折『センス・オブ・ワンダー』に目を通し、パソコンやスマホを置いて、わずかばかりのスケジュールの合間を縫って近隣の自然との触れ合いに出かけるのです。