2021.9.27
発明家・藤原麻里菜さんが『言わなければよかったのに日記』を読んで出会った「後悔から自由になる」言葉
失敗を面白さに変える言葉に救われる
さて、今回のテーマであるしんどい時も、救いをくれるのは言葉です。
深沢七郎の『言わなければよかったのに日記』には、しんどい時、行き詰まった時に、いつも助けられています。
この本は、「言わなきゃよかった」「やらなければよかった」というシチュエーションを飄々と綴っているエッセイです。
『楢山節考』で文壇デビューを果たしたばかりの著者が、大尊敬する小説家の正宗白鳥に「先生は酒の……、菊正宗の……?」と聞いたところ、すかさず「そんな家とは何の関係もない」と返ってきて、ああ、こんなこと言わなければよかった! と大後悔――。
そんな恥ずかしい自分の失敗談を、カメラで客観的に捉えるように、淡々と真剣な口調で語っているのが面白くて笑えます。
私も「あんなこと言わなければよかった」とか「あの日あんなことしなければよかった」と思うことがよくあります。たとえば、コロナ前は、後輩と飲みに出かけて、延々と説教じみたトークをしてしまい、翌日「ああ、なんであんなこと言っちゃったんだ〜!」と頭を抱えることもよくありました。
でも『言わなければよかったのに日記』には自分の経験を超える恥ずかしいエピソードが出てくるので、読む度に「こういう思いをしているのは自分だけじゃないんだ。よかった」と安心できるし、自分に対して寛容になれる気がします。
この本の中には、恥とか後悔とか、自分の心の中で人生の失敗として残っていた出来事や感情を「面白さ」に変えてくれる言葉が詰まっています。その言葉に触れるたびに、面白さのストライクゾーンが広がる気がするのです。
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