2020.9.20
硫黄島の洞窟に置いてきてしまったもの…『海の怪』より「繋がってはいけない」
ぼくは、パラオに二度、足を運んでいる。
一度は『鋼鉄の叫び』という小説を書くための取材、もう一度は家族との旅行だ。
そのときに、パラオでいろいろと世話をしてくれたのが、ペリリュー島在住の中川さんだった。彼は戦死者の遺骨を拾いに来る人たちのため、現地に住み着いて日本人専門の民宿を営んでいた。
島内には決戦を行った日米軍の戦跡が多く残されている。
戦車、零戦などの航空機、破壊された停泊中の艦船や上陸用舟艇、司令部、弾薬庫、兵士の持っていた水筒、ヘルメット、そして日米両軍の戦没者の慰霊碑……島を巡り、錆びだらけの朽ちた戦車や、ジャングルの中のたくさんの人骨を見た。
過去と今が繋がっていることをまざまざと実感させられる。
娘たちを連れていったとき、中川さんの案内で“血に染まったビーチ”と呼ばれる場所を訪れた。娘たちは何も知らず無邪気に貝殻を拾い、「あぁ、きれい」と言ってポケットに入れようとする。
「絶対に持ち帰っちゃダメだよ」
中川さんがあわてて言った。
「え、なんで?」
娘たちは不服そうだ。
「絶対にダメだ。持って帰っちゃいけない。悪いことが起こる。置いていきなさい」
中川さんは断固として譲らなかった。
ぼくも、そんなものを持ち帰るんじゃないとたしなめて、娘たちも渋々貝殻を戻した。
中川さんは多くを語らない。
けれど、その硬い表情からは、何か思い当たることがあるように察せられた。
ペリリュー島にはそんないわくつきの場所がいたるところにある。