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硫黄島の洞窟に置いてきてしまったもの…『海の怪』より「繋がってはいけない」

硫黄島の洞窟に置いてきてしまったもの…『海の怪』より「繋がってはいけない」

 ぼくは、パラオに二度、足を運んでいる。
 一度は『鋼鉄の叫び』という小説を書くための取材、もう一度は家族との旅行だ。
 そのときに、パラオでいろいろと世話をしてくれたのが、ペリリュー島在住の中川さんだった。彼は戦死者の遺骨を拾いに来る人たちのため、現地に住み着いて日本人専門の民宿を営んでいた。
 島内には決戦を行った日米軍の戦跡が多く残されている。
 戦車、零戦などの航空機、破壊された停泊中の艦船や上陸用舟艇、司令部、弾薬庫、兵士の持っていた水筒、ヘルメット、そして日米両軍の戦没者の慰霊碑……島を巡り、びだらけの朽ちた戦車や、ジャングルの中のたくさんの人骨を見た。
 過去と今が繋がっていることをまざまざと実感させられる。

ペリリュー島に残る戦中の砲台跡。©Kunhui Chih/istock
ペリリュー島に残る戦中の砲台跡。©Kunhui Chih/istock

 娘たちを連れていったとき、中川さんの案内で“血に染まったビーチ”と呼ばれる場所を訪れた。娘たちは何も知らず無邪気に貝殻を拾い、「あぁ、きれい」と言ってポケットに入れようとする。
「絶対に持ち帰っちゃダメだよ」
 中川さんがあわてて言った。
「え、なんで?」
 娘たちは不服そうだ。
「絶対にダメだ。持って帰っちゃいけない。悪いことが起こる。置いていきなさい」
 中川さんは断固として譲らなかった。
 ぼくも、そんなものを持ち帰るんじゃないとたしなめて、娘たちも渋々貝殻を戻した。
 中川さんは多くを語らない。
 けれど、その硬い表情からは、何か思い当たることがあるように察せられた。
 ペリリュー島にはそんないわくつきの場所がいたるところにある。

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新刊紹介

鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。
「鈴木光司×松原タニシ 恐怖夜行」(BSテレ東)期間限定放送中。

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