2020.9.6
【怪談動画付き】カーナビに導かれた先は…『海の怪』より「言われるがまま」
そんなこともあって、僕は車を運転するときも、絶対にカーナビは使わない。道路を頭の中に描き、緊急時のアナログの対処を組み立てながら車を走らせている。
ところが、そんな深い思いも知らずに、カーナビを僕の世界に持ち込んだ男がいた。編集者のH君だ。
沖縄や台湾、韓国に船で向かうとき、港に立ち寄っては人員を入れ替えている。延べ参加人数は50人ほどだ。港ごとに乗り降りする仲間たちと目的地を目指す。
ある年、沖縄へ向かう航海の途中で、和歌山のマリーナに立ち寄った。そこで、H君と合流することになっていた。
静岡の初島を出て、鳥羽や那智勝浦に立ち寄り、ようやく潮岬を回って和歌山あたりまで来ると、少しほっとした気持ちになる。僕は来たばかりのH君に提案した。
「もう海は飽きたよ。出港する前に山の温泉にでも行こう。レンタカーでも借りてさ」
早速、僕が1時間以内で行ける近場の温泉宿を探し、H君がレンタカーの手配をすることになった。クルーを誘って、3人で1泊。航海は、明日再開すればいい。
予約したのは、立ち寄り湯に宿泊施設がついた簡素な一軒宿だった。宿泊施設はバラック同然だったが、露天風呂から見える山々の風景が美しい。
レンタカーはH君が運転することになった。宿を告げると、「じゃあカーナビに電話番号、登録しますね」と、慣れた手つきでパパッと入力して車を発進させた。カーナビなんか使わなくていいという僕の意見は、一切耳に入っていないようだった。
30分くらい車を走らせて、高速を降りた途端「次の角を右に曲がって下さい」「左に曲がって下さい」と、カーナビが機械的に話し始める。これが耳障りで仕方ない。機械に指図されるなんてまっぴらだ。
そう思ったが、運転を任せたH君に従うことにする。
道は徐々に狭くなり、整備されていない田舎道に入った。しばらく車を走らせていると、前方に旅館の看板が見えてきた。“ここを左折”と書いてある。
ところが、カーナビはまっすぐ進めと指示を出す。看板の存在に随分手前から気づいていた僕は、咄嗟に「左へ曲がれ!」と言った。H君は我に返ったように左にハンドルをきった。
「ルートを外れました」
カーナビの乾いた声が車内に響く。
H君が本当に道は合っているのかと僕に聞いてくるが、看板にそう書いてあるんだから当然だろうと答える。ほどなくして、左手に目当ての旅館が見えてきた。
チェックインしたのは午後3時。風呂に入って、酒を飲むにはまだ早い。酒量が増えてしまうので、僕は早い時間から飲まないようにしている。
そうなると、特にやることもない。くだらない話をしているうちに、なぜカーナビはルートを外れたんだろうという話になった。これも船乗りの性だ。
車に戻りカーナビを確認すると、入力した電話番号は合っている。しかし、目的地を示す旗が立っているのは、宿とは全く別の、3~4km離れた場所だ。それを見た僕たちは、誰からともなく、カーナビの目的地に行ってみようという話になった。暇つぶしにはちょうどいいだろうと。
H君がまた運転を担当し、さっきの分岐を、カーナビが示す方向に進んだ。
道はすぐに山道になった。H君は、慎重にハンドルをきって、カーナビの言う通りに車を走らせる。
徐々に道幅は狭くなり、道の右側は鬱蒼と木が生えているだけで、木々の隙間からは青空が見えている。
目的地に近づくにつれて、カーナビの画面を拡大していく。いよいよ到着だというところで、突然、道の右側をふさいでいた木立が消えた。
「目的地に到着しました。お疲れさまでした」
カーナビの声と同時に窓の外を見る。
そこは墓地だった。