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【怪談動画付き】カーナビに導かれた先は…『海の怪』より「言われるがまま」

【怪談動画付き】カーナビに導かれた先は…『海の怪』より「言われるがまま」

 そんなこともあって、僕は車を運転するときも、絶対にカーナビは使わない。道路を頭の中に描き、緊急時のアナログの対処を組み立てながら車を走らせている。
 ところが、そんな深い思いも知らずに、カーナビを僕の世界に持ち込んだ男がいた。編集者のH君だ。

 沖縄や台湾、韓国に船で向かうとき、港に立ち寄っては人員を入れ替えている。延べ参加人数は50人ほどだ。港ごとに乗り降りする仲間たちと目的地を目指す。
 ある年、沖縄へ向かう航海の途中で、和歌山のマリーナに立ち寄った。そこで、H君と合流することになっていた。
 静岡の初島を出て、鳥羽や那智勝浦に立ち寄り、ようやく潮岬を回って和歌山あたりまで来ると、少しほっとした気持ちになる。僕は来たばかりのH君に提案した。
「もう海は飽きたよ。出港する前に山の温泉にでも行こう。レンタカーでも借りてさ」

 早速、僕が1時間以内で行ける近場の温泉宿を探し、H君がレンタカーの手配をすることになった。クルーを誘って、3人で1泊。航海は、明日再開すればいい。
 予約したのは、立ち寄り湯に宿泊施設がついた簡素な一軒宿だった。宿泊施設はバラック同然だったが、露天風呂から見える山々の風景が美しい。
 レンタカーはH君が運転することになった。宿を告げると、「じゃあカーナビに電話番号、登録しますね」と、慣れた手つきでパパッと入力して車を発進させた。カーナビなんか使わなくていいという僕の意見は、一切耳に入っていないようだった。

 30分くらい車を走らせて、高速を降りた途端「次の角を右に曲がって下さい」「左に曲がって下さい」と、カーナビが機械的に話し始める。これが耳障りで仕方ない。機械に指図されるなんてまっぴらだ。
 そう思ったが、運転を任せたH君に従うことにする。
 道は徐々に狭くなり、整備されていない田舎道に入った。しばらく車を走らせていると、前方に旅館の看板が見えてきた。“ここを左折”と書いてある。
 ところが、カーナビはまっすぐ進めと指示を出す。看板の存在に随分手前から気づいていた僕は、咄嗟に「左へ曲がれ!」と言った。H君は我に返ったように左にハンドルをきった。
「ルートを外れました」
 カーナビの乾いた声が車内に響く。

 H君が本当に道は合っているのかと僕に聞いてくるが、看板にそう書いてあるんだから当然だろうと答える。ほどなくして、左手に目当ての旅館が見えてきた。
 チェックインしたのは午後3時。風呂に入って、酒を飲むにはまだ早い。酒量が増えてしまうので、僕は早い時間から飲まないようにしている。
 そうなると、特にやることもない。くだらない話をしているうちに、なぜカーナビはルートを外れたんだろうという話になった。これも船乗りの性だ。
 
 車に戻りカーナビを確認すると、入力した電話番号は合っている。しかし、目的地を示す旗が立っているのは、宿とは全く別の、3~4km離れた場所だ。それを見た僕たちは、誰からともなく、カーナビの目的地に行ってみようという話になった。暇つぶしにはちょうどいいだろうと。

 H君がまた運転を担当し、さっきの分岐を、カーナビが示す方向に進んだ。
 道はすぐに山道になった。H君は、慎重にハンドルをきって、カーナビの言う通りに車を走らせる。
 徐々に道幅は狭くなり、道の右側は鬱蒼と木が生えているだけで、木々の隙間からは青空が見えている。
 目的地に近づくにつれて、カーナビの画面を拡大していく。いよいよ到着だというところで、突然、道の右側をふさいでいた木立が消えた。
「目的地に到着しました。お疲れさまでした」
 カーナビの声と同時に窓の外を見る。
 そこは墓地だった。

Willy Sebastian@Shutterstock
Willy Sebastian@Shutterstock
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新刊紹介

鈴木光司

すずき・こうじ●1957年静岡県浜松市生まれ。作家、エッセイスト。90年『楽園』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞してデビュー。91年の『リング』が大きな話題を呼び、その続編である95年の『らせん』では吉川英治文学新人賞を受賞。『リング』は日本で映像化された後、ハリウッドでもリメイクされ世界的な支持を集める。2013年『エッジ』でアメリカの文学賞であるシャーリイ・ジャクスン賞(2012年度長編小説部門)を受賞。リングシリーズの『ループ』『エッジ』のほか、『仄暗い水の底から』『鋼鉄の叫び』『樹海』『ブルーアウト』など著書多数。
「鈴木光司×松原タニシ 恐怖夜行」(BSテレ東)期間限定放送中。

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