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看護師、WEBデザイナー、名門音大卒のチアリーダー……「わたしがレースクイーンになったワケ」

看護師、WEBデザイナー、名門音大卒のチアリーダー……「わたしがレースクイーンになったワケ」

SUPER GT2019「Freem Motorsport Lady」の星乃サラさん。看護大学を卒業後、病院勤務を経て、現在は老人福祉施設勤務も兼ねながら、レースクイーンとして活動中(写真提供/GALSPARDISE)
SUPER GT2019「Freem Motorsport Lady」の星乃サラさん。看護大学を卒業後、病院勤務を経て、現在は老人福祉施設勤務も兼ねながら、レースクイーンとして活動中(写真提供/GALSPARDISE)

このまま20代を終えてしまっていいのか? 25歳看護師の決断

24歳で大きな決断を下した小嶋さんと近いのが、星乃サラさんのケース。四年制の看護大学を卒業、附属病院から総合病院、美容クリニックを経て、老人福祉施設に勤務。25歳を迎えたとき、ふと自分の人生を見つめなおしたという。

「小さいころから看護師になる夢を持っていて、無事に叶えられたのはよかったんですが……。高校生のとき、モデルになりたいという願望もひそかにありまして。どこかあきらめきれなかったんです」

勤務先の夜は早い。高齢の入所者たちの看護処置や服薬管理、急変対応などで、体は今日も疲れ切っている。静まり返った施設の片隅で、休憩中にボリュームを小さく下げたテレビをぼんやり眺めていると、あこがれているモデルが画面いっぱいに光り輝いていた。看護、介護の仕事は好きだし、誇りも持っている。でも、ずっとこのままでいいのか……。

「看護師としてスタートしてから3年、一応どこでも働ける地力はついたと実感していたので、若いうちにしかできないことをやっておこうと思い立ったんです。けれど、どうしたらモデルになれるのか、まったく分からなくて(苦笑)。そんなときに、知り合いづてでレースクイーンをスポットでやってみないかと誘われたんです。業務は一日だけで、大したことはできなかったのですが、今まで経験したことのないフィールドだったから、鮮烈でした」

あれよあれよという間に、星乃さんは翌年SUPER GTのレースクイーン「Freem Motorsport Lady」のメンバーに合格。それまで働いていた施設での常勤を非常勤に変えることも検討したが、どうしてもシフトが組めなくなった。交渉の末、たまたま施設側が派遣会社を持っていたため、そこにあらためて登録し、融通の利く勤務体制をとることができた。今現在は、フリーランスの看護師として、レースクイーンと二足のわらじを履いている。

「生活水準を保ち、安定を求めるのであれば、常勤、とくに病院の夜勤をやったほうがいいんですよ。ひと晩の勤務でベースが大体3~4万円、病院によっては5~6万円払ってくれるところもありますから。でも、わたしはもうひとつの夢をどうしても叶えたくて、勝負に出ました。レースクイーンからモデルへの道筋を立てるのはなかなか難しいかもしれないけど、30歳を迎えたときに、“25歳からの5年間、まっすぐ突き進んでよかった”と、悔いなく振り返られるように、今を一生懸命生きたいと思います」

目下、星乃さんが目指しているのは、看護師兼レースクイーン兼フィットネスモデルという、ユニークなポジション。具体的なビジョンを語る彼女の瞳は、きらきらしていた。

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高橋史門

たかはし・しもん●エディター&ライター。1972年、福島県生まれ。日本大学在学中に、「思想の科学」にてコラムを書きはじめる。卒業後、「Boon」(祥伝社)や「relax」、「POPEYE」(マガジンハウス)などでエディター兼スタイリストとして活動。1990年代のヴィンテージブームを手掛ける。2003年より、「週刊プレイボーイ」や「週刊ヤングジャンプ」のグラビア編集、サッカー専門誌のライターに。現在は、編集記者のかたわら、タレントの育成や俳優の仕事も展開中。主な著作に「松井大輔 D-VISIONS」(集英社)、「井関かおりSTYLE BOOK~5年先まで役立つ着まわし~」(エムオンエンタテインメント※企画・プロデュース)などがある。

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