2021.8.22
怪談家・稲川淳二さんが語る、海の恐怖体験「心中死体の上で聞いた声」
どれほど時間が経ったのかね、私の頭のちょうど先くらいかな、
「おい」
と声かけられたんで、え? っと起き上がったんですよね。
でも誰もいないんだ。
確かに頭らへんで、「おい」って言ったんですよね。
周りは真っ白。
朝もやって言いますが、もやなんてもんじゃないんですよ。本当に濃いんだ。
まだ夜明け前、立ち上がってね、手をぐーっと突き出すと、指先が隠れるんじゃないかっていうくらい。
すごいもんだなあと思って、海の方を眺めていたら、遠い後ろの方からね、
「おーい」
って声がしたんですよ。
なんだろうって振り向いたら、浜の上のところに道があってね、おまわりさんと地元の若い人が2人で「おーい」って言いながら歩いてるんで、
朝で気持ちがいいからこっちも「おーい」って言ったら、向こうがこっち振り向いたんだ。で、こう、手振ったんだ。
そしたら2人して「そこにいろ」という感じで私を指差して、走ってきたんですよ。私、呼んだ覚えはないんだ。
その時に、ちょうど脱いで岩場に置いておいた私の皮のサンダルの一つが、ぽちょーんと海に落っこっちゃった。
これ、けっこう高くて、気に入ってたんですよね。で、短パンですからね。
そのまま岩場に降りて行って、海に入ったら、ちょうど海面が胸のあたりなんですよ。
で、この海面から、今自分がいた岩場、そうですね、1メートル7、80センチくらいあるのかな、気づかなかったのですが、この下はね、えぐれているんですよ。がばっと。
そこに、大きな海藻の塊がふうっと浮いているんだ。
私の足元にサンダルが沈んでるんで、息止めて潜ってサンダル掴んで、すっと上がったら、私が潜ったもんだから、その大きな海藻の塊が、さわっと私の頭の上に来ちゃった。
ばっと海から上がった時に、海藻の中に頭突っ込んじゃったわけだ。
顔にべたっと海藻がひっついちゃって、これが取れないんだ。細い海藻で。
ひょいっと上見たらね、私がいたその岩場なんですが、お巡りさんが立ってて、こっち見下ろしてるんですがね、真っ青な顔して震えているんです。
なんだろうっと思いながらね、いくらやっても取れないんですよ、海藻が。
これね、海藻じゃなかったんですよ。
女性の髪の毛だったんだ。
私、心中死体の間に頭突っ込んじゃったんですよね。