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堀江ワナビー男〜いいからお前は会議に出ろの話

堀江ワナビー男〜いいからお前は会議に出ろの話

 日本の教育現場が大問題を抱えていることはあらゆる側面から30年以上も指摘され続けているので、さすがに高度経済成長期を支えたような読み書き計算暗記に起立礼という教育方針を手放しで称賛する声などないし、歯車の一つになどならずに多動の力をもって楽しく人間らしい仕事をしろと指摘するビジネス本の言わんとするところはわからないでもないのだが、どうにもそのフォロワーである彼らに起こっているのが奇跡などではなく、まして日本人の弱みの克服でもなく、わりと惨劇よりのことだという気がしてならない。

 銀座のダイニングバーで私が今後物書きとして生活していくためのマネタイズ方法について色々と思索を巡らせてくれていた彼は、最新のスマホを片手に今度は効率と満足度の関係について持論という名のテンプレートを暗唱しだした。そっかーふーんすごいねーと聞いていた私は根っからの利益を生まない文化系おばさんなのでビジネス本なんて読んだことはほとんどないはずなのに、とりあえず飲み会が終わる頃には六本木ツタヤのランキングにあるビジネス本のサマリーなら5分で書ける自信がついていた。

 そもそも今の若者というのは、日本が高度経済成長をするべく大量の兵隊を生み出す必要があった時代に、クリエイティビティには欠けるが歯車としては超優秀みたいな人を大量に作り、抜群の識字率と読み書き計算暗記に起立礼の完璧っぷりを誇っていた教育など受けておらず、PISAの順位はだだ下がって、読み書き計算も若干あやしく、中途半端に取り入れた単位制や選択制などが空回っている時代に、それでも成熟した国の子供らしく、和よりも個を大切に、と言われて育った世代である。読み書き計算だけは完璧、みたいな人間ばかりの中でキラリと光ったビジネスパーソンの言うことを借りてきて武装しても、おばさんたちからは、そんなことよりスマホから手を離せよという感想しか引き出せまい。

 大体、彼らが真似るべきは人と違うことをして批判される勇気やら忖度なしに上司に物が言える姿勢やらだろうに、彼らの多くは、「クリエイティブになれ」「忖度するな」などと発言する行為そのものを真似ているだけで、だからどこまでも言葉は借り物のごとく薄っぺらで、クリエイティブとか言うわりにはどいつもこいつも似たようなことを似たようなワーディングで語る。ニュース記事に冷静を装ったコメントなどして本人的には鶴の一声のつもりなんだろうが、外から見ていれば烏合の衆。大体中央のオピニオンリーダーが言ったことを、村に持ち帰ってそのまま話しているようなもので、それだったら礼を欠いた態度などせずに上司の電話とゴルフに付き合って切磋琢磨している方がまだ使い道がある。

 自分の言葉で話す人間は常に、自分は間違っているかもしれないという不安とともにある。しかし堀江氏やら落合氏やら石原さとみの元カレやらの言葉を借りて発言する彼らは、そういった不安と向き合った経験がない。いかんせん、それはすでに圧倒的な支持を得ているオピニオンなのであって自分の言葉ではないから。だから何か壁にぶち当たっても生きててすみませんとはならないし、口論になっても人の言葉で自分の思考を再度点検するような謙虚さも持ち合わせず、とりあえず彼女やらセフレやらなんかには死んでも謝らない。

 だって今を輝くあの人が言ってたんだもん♡

 自己を省みる機能が根本的に欠如した彼らに起こっている、彼らの気づいていない惨劇を、具体的な形で経験するのは、罪悪感と謝罪の概念がゼロの彼らのモラハラの餌食となる女の子なので、銀座の飲み会を終えた私たち女子は彼らの惨劇を起こしている有害図書を一人一冊ずつキンドルで購入し、今後飲み会にこういった本の著者ワナビーが来たら彼らの言う前に彼らの言いそうなことを少なくとも一人20フレーズは言ってしまおうと計画している。

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新刊紹介

鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中にキャバクラ嬢として働くなど多彩な経験ののち、卒業後は2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、世相に関するエッセイやコラムを多数執筆。
近著に『女がそんなことで喜ぶと思うなよ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』など
公式Twitter @Suzumixxx

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