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堀江ワナビー男〜いいからお前は会議に出ろの話

堀江ワナビー男〜いいからお前は会議に出ろの話

 飲み会の前半こそ「香港の火鍋ってさ、日本の火鍋より全然美味しくないの」とか「高校時代は剣道やってたから毎日手が臭くて女の子と手を繋げなかったのよ」とか「キングダム全巻買ったせいで寝不足だ」とかいう当たり障りない話をしていたものの、多少場が砕けてお酒も回ってきたあたりで、「いや、スタバに座ってる人たちってさ、別に美味しいコーヒーにお金出してるんじゃないんだよ」と口走り出した。結婚のふた文字もほしいが、そんな漠然とした将来よりも、目の前の男の綻びを見つけてはクリティサイズするのが大好物な私はすでにその時点で鼻の穴を膨らませて彼の次の言葉を待った。

 私たち独身女の中ではピカイチで気が利く上にちょっとバカな一つ年下の女の子が、えーどういう意味?とかなんとか割と可愛らしい反応をしたところで、私の隣に座っていた彼の同期が「スタイルだよね」と援護、彼はそれに続けるように、「そう、スタバが提供しているライフスタイルにアグリーしてるわけ」と、銀座の真ん中にあるオシャレなダイニングにて、ブランディングの講義を始めた。

 私は喫煙者なので待ち合わせに指定されない限りスタバなんて入らないし、ボソボソのスコーンに何百円も払わないし、紙カップ片手にパンツスーツで颯爽と会議に現れるタイプのライフスタイルには全然アグリーしていないのだけど、面白いのでとりあえず「そっか、確かに。ドラマとかでオシャレな人が持ってるもんね」と、確かに鼻の穴に指を入れると鼻くそが取れますよね的な反応をしていた。彼はその後、私たち花のズッコケ昭和生まれ三人娘の仕事などについてコメントをしだす。「いや、スマホで仕事している人が多いっていうのに電話なんてかけてくる上司がいる時点でその会社ってダメだよね」とか。「ライターって本当に今後はマネタイズのアイデアこそがものを言う時代になるよね」とか。「その作業はさ、もう来年にはAIがやってる訳だから」とか。

 男は年上の人間が威張りがちだが、女は年をとればとるほど生きててすみません感が蓄積されるので、別に5つ以上歳下の男にマネタイズの不味さを指摘されることにはそんなに抵抗はない。しかしなんとも言えない既視感と共に私の鼻の穴は開きっぱなしになる。

マネタイズandアウトソーシングなパンデミック
マネタイズandアウトソーシングなパンデミック

 思えば昨年度末、とあるネットメディアが朝っぱらから開く、企業の中堅以下の社員や若手経営者、女性インフルエンサーなどを集めた集会のようなところになんの因果か顔を出すことになった時、彼のような言葉遣いの人種たちがごっそりと集まっていたのだった。

 彼らの嫌いなものベスト3が「会議」「電話」「義理」。 
 よって好きなのはフリーアドレスやらテキストやら不義理。

 興味本位でツイッターなど覗いてみると、企業論やらマネジメント論やらがてんこ盛りで、時折時事ニュースなどに、歯に衣着せぬ物言いでコメントする。私はその集会の直後、堀江貴文『多動力』を地で行こうとする彼らがなぜか頻繁に夢に出てきて、「経費精算を自分でやるな」と次々に囁かれた後にアウトソーシング賛歌を合唱されるという恐怖体験を経て、結果的に確定申告が2ヶ月も遅れた。

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鈴木涼美

すずき・すずみ●1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中にキャバクラ嬢として働くなど多彩な経験ののち、卒業後は2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、世相に関するエッセイやコラムを多数執筆。
近著に『女がそんなことで喜ぶと思うなよ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』など
公式Twitter @Suzumixxx

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