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「一生お酒をやめ続けること」はできるのか? アルコール依存症・回復者インタビュー

「もしかしてまた飲んでるかも」

 Kさんは、インタビュー中何度も「僕は幸運だった」という感謝の言葉を口にしました。さまざまなケースを目にして、お酒をやめ続けることがいかに難しいことかを身に沁みてわかっているからこそ、自分が回復してこられたのは、周囲の理解やサポートを得られたおかげだと言います。
 
 Kさんの妻は、KさんがデイケアとAAに通うため、1年間再就職を先延ばしにしたい、と相談したときにも、「そんなにいいプログラムがあるなら、ぜひ通ったほうがいい」と応援してくれたそうです。
 
 治療につながり、一見普通の生活を送れるようになったからと、急いで仕事を再開したり、元のプレッシャーやストレスのある環境に身を置いてしまうと、依存症は再発するリスクが高まります。そのことを周囲が理解してくれることは、回復にとって不可欠な要素だと言えるでしょう。

「今でも妻は、僕が連絡できずに帰りが遅くなってしまったときとか、『もしかしてまた飲んでるかも』と不安になるそうです。もう10年断酒していても、そう思われてしまう。依存症者の家族って、みんなそうなんじゃないですかね。どん底だった頃を知っているから、いつになっても不安は消えないと思う。それくらい、家族を傷つけて、迷惑をかけてきたってことです。僕が酒をやめられたのも、一番には、家族を失いたくないっていう気持ちが大きかったからですね。失う前に気がついてやめられたことは、本当によかったと思います」
 
 最後に、アルコール依存症になる前の自分に戻れたとしたら、何に気をつけて、どう生きたいですか、と質問しました。

「過去に戻ってやり直せたら……でもきっと、同じでしょうね。僕の人生の中で、アルコール依存症になったことは必然だったと思っています。どうしようもないけど、これが真実だから受け入れないといけない。なぜ自分が飲んでいるのかわからないまま、やみくもにやめようとしたってきっとやめられなかったでしょうし、何かしらほかのことで問題を抱えていたはずです。願わくば、もう少し若い頃に治療につながってAAにも参加できていたら、酒なしでそれなりに楽しく生きられる時間がその分長くなったのにな、とは思います。
 さっき、『心にぽっかり穴があいてる』って言いましたけど、誰だって大なり小なり穴はあいているんですよね。それを、酒だけで埋めようとしなければいいだけで。
 その穴があるからこそ頑張れるってこともあると思うんです。仕事、趣味、友達、家族……いろんなもので少しずつ埋められるのが理想ですよね。
 この病気になって、いろんなものを失いましたけど……正社員という社会的立場とか、お金もそうですね、家一軒分くらいは酒代に消えていきました。でも、得られたものも大きいんです。真実を受け入れる力、ありのままの自分でいいんだ、と思えるようになったこととか。
 最近、アルコールで壊れていた部分が、戻ってきたなあと思うことがあります。良心というか、物事に感動する心。酒を飲んでいた頃の自分は、そんなものは全部なくなっていました。今は、育てていたミニトマトが実をつけた、とか、そんな些細なことが嬉しいと思える。
 こないだ、たまたま何十年かぶりに『となりのトトロ』を観る機会があったんですけど、号泣してしまったんです。こんなに美しい心の葛藤がある映画だったのか……と。歳のせいもあるんでしょうけど、嬉しかったですね。自分にもまだ物事に感動する心が残っていたんだ、って。あと何年生きられるかはわからないですけど、自分の努力次第では、こうやって少しずつでも、嬉しいと思うことや感動できることに出会っていけるんだなと思っています」

 Kさんは、アルコール依存症から回復し続けている当事者として、自分の経験を何らかの形で役立ててもらえたら、という気持ちから、今回のインタビューも快く引き受けてくださいました。物腰がやわらかく、にこやかに、ときにストイックにご自身のことを語る姿からは、飲んでいた頃のKさんを想像することはできません。お酒をやめるためのプログラムに取り組むことでそれだけの変化が起こるということですし、逆に言えば、それぐらいの変化を経なければお酒をやめることはできない、ということかもしれません。
 
 アルコール依存症からの回復は、人生観、生き方が変わるほどの苦悩や困難さを伴うものだということがおわかりになったのではないかと思います。一方で、回復すれば自分らしく楽に生きることができるということも、Kさんの姿から学ぶことができます。
「酒のない人生なんて……」と思ってしまう人ほど、一生飲めなくなる前に、酒のない人生をそれなりに楽しく生きる方法を、真剣に考えてみてはいかがでしょうか。

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新刊紹介

斉藤章佳

さいとう・あきよし
精神保健福祉士・社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。
1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニアなどあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動を行っている。また、小中学校での薬物乱用防止教室、大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでもたびたび取り上げられている。著書に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』がある。

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