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直木賞作家・朝井リョウさんが、しんどさに襲われた時『ちいかわ』と『不寛容論』を読む理由

直木賞作家・朝井リョウさんが、しんどさに襲われた時『ちいかわ』と『不寛容論』を読む理由

自分の正しさを信じられなくなるしんどさ

 正しさや正解は世界のほうにはないことがわかり、子どものころに抱えていたしんどさを懐かしく振り返ることができる今。それはそれで、別のしんどさに襲われるときがある。
 世界のほうから与えられる「お前は不正解だ」から解放されるということはつまり、自分自身で歩みを進めながら思う「自分は不正解なのかも?」に出会うということでもある。自分の力で見つけたはずの正しさを、信じられなくなるしんどさ。こちらの存在に気づいたのは、ここ数年のことだ。

森本あんり『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』(新潮社)
森本あんり『不寛容論 アメリカが生んだ「共存」の哲学』(新潮社)

 そんな中で出会ったのが『不寛容論』である。この本は、「わたしはあなたの意見に反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という有名なフレーズに疑問を呈するところから始まる。寛容・不寛容についての議論が沸き起こるとまるで最適解のように堂々と引用される機会の多いフレーズだが、この精神は私たちを一体どこに連れていくのか。この本は、一六〇〇年代の植民地時代のアメリカを生きたピューリタン(つまり、自分の国では否定されてしまう自由を求めて動き続けた)ロジャー・ウィリアムズを主人公に、筋金入りの寛容とはどういうものなのかを考えさせてくれる。
 こう書くと「読んだらもっとしんどくなるのでは?」と感じるかもしれないが、異端や異教に対し徹底的に寛容であったウィリアムズが社会を建設する側に立った際の困難などを知ると、自分の迷いやブレが非常に陳腐で類型的なものに感じられ、どこか安心するのである。患部にそっと手のひらを当ててくれ、その後背中まで押してくれるような、そういう本に感じられるのである。

朝井リョウさん。自分が信じる「正しさ」の限界や暴力性に迫った最新刊『正欲』(新潮社)が好評発売中。
朝井リョウさん。自分が信じる「正しさ」の限界や暴力性に迫った最新刊『正欲』(新潮社)が好評発売中。
「しんどい時によみタイ」特集連載一覧
●第1回 「心にお水をあげている感覚に」川村エミコさんを救った茶道エッセイ
●第2回 人気エッセイストのスズキナオさんが弱った時に読む2冊「人間は筒のようなものだという気持ちを取り戻させてくれる本」
●第3回 ノンフィクション作家・菅野久美子さんが選ぶ「90年代、壊れそうな少女だった私に寄り添ってくれた本」
●第4回 「『ハチミツとクローバー』は残酷だから安心できる」。読書猿さんが救われた傑作漫画3選
●第5回 新しい味の伝道師・稲田俊輔さんが選ぶ、食エッセイの不朽の名作、池波正太郎『むかしの味』
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新刊紹介

朝井リョウ

あさい・りょう
1989年、岐阜県生まれ。小説家。2009年、『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2013年『何者』で第148回直木賞、2014年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。他の小説作品に『チア男子!!』『星やどりの声』『もういちど生まれる』『少女は卒業しない』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『ままならないから私とあなた』『何様』『死にがいを求めて生きているの』『どうしても生きてる』『発注いただきました!』『スター』『正欲』、エッセイ集に『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』がある。

Twitter @asai__ryo

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