2021.7.29
直木賞作家・朝井リョウさんが、しんどさに襲われた時『ちいかわ』と『不寛容論』を読む理由
自分の正しさを信じられなくなるしんどさ
正しさや正解は世界のほうにはないことがわかり、子どものころに抱えていたしんどさを懐かしく振り返ることができる今。それはそれで、別のしんどさに襲われるときがある。
世界のほうから与えられる「お前は不正解だ」から解放されるということはつまり、自分自身で歩みを進めながら思う「自分は不正解なのかも?」に出会うということでもある。自分の力で見つけたはずの正しさを、信じられなくなるしんどさ。こちらの存在に気づいたのは、ここ数年のことだ。
そんな中で出会ったのが『不寛容論』である。この本は、「わたしはあなたの意見に反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という有名なフレーズに疑問を呈するところから始まる。寛容・不寛容についての議論が沸き起こるとまるで最適解のように堂々と引用される機会の多いフレーズだが、この精神は私たちを一体どこに連れていくのか。この本は、一六〇〇年代の植民地時代のアメリカを生きたピューリタン(つまり、自分の国では否定されてしまう自由を求めて動き続けた)ロジャー・ウィリアムズを主人公に、筋金入りの寛容とはどういうものなのかを考えさせてくれる。
こう書くと「読んだらもっとしんどくなるのでは?」と感じるかもしれないが、異端や異教に対し徹底的に寛容であったウィリアムズが社会を建設する側に立った際の困難などを知ると、自分の迷いやブレが非常に陳腐で類型的なものに感じられ、どこか安心するのである。患部にそっと手のひらを当ててくれ、その後背中まで押してくれるような、そういう本に感じられるのである。