2021.5.30
制作関係者が明かす! 手塚治虫文化賞受賞作 『妻が口をきいてくれません』のここがスゴい&制作秘話
夫と口をきかない妻、妻が口をきかなくなった理由がわからず戸惑う夫、
すれ違う夫婦の姿がリアルに描かれ、読む人の立場や経験によって感想はさまざま。
賛否両論渦巻く、超話題作となっています。
今回は、そんな注目作の編集、宣伝、販売を担当したスタッフに、本作の読みどころや、関係者だからこそ知っている作者・野原さんの素顔などを明かしてもらいました。
(構成/よみタイ編集部)
ほのぼのとした絵の奥の「凄み」(担当編集)
夫婦ともに意地悪でもなく、もちろん悪人でもない。
互いに好きだから結婚して幸せな日々もあったはず……なのに、些細な(妻にとってはそうでもないけれど)すれ違いが重なってどんどん溝が深まっていく……。妻が夫に対して置く距離(諦観)は広がるばかり。
面白いのは、妻がこんなにも葛藤しているのに、夫のほうは途中までほとんど無自覚であるという点です。
この安心感と油断は夫自身の性格にもよるかもしれませんが、同じ空間にいても見えている風景の違いが浮き彫りになっていくところが作品の妙味のひとつと言えるでしょう。
そして後半で明かされる妻の心情。
もともとおとなしく穏やかな性格であるがゆえに、溜め込んだ屈託の重さがわかる描写の迫力といったら!
印象深いシーン満載の漫画でひとつに絞りきれないながら、妻パートのキッチンでの包丁を持つ姿が特に好きです。
料理中、手を動かしつつあれやこれや頭の中で考えるのは主婦にとってよくあることですが、家族のためにおいしいご飯を淡々と作りつつ、包丁持つ手にたぎる思いをぶつける……。
火と刃物を扱うキッチンであるがゆえの怖さです。
作者の野原先生は、穏やかでふんわりと優しい雰囲気の持ち主で、メールもお電話もお手紙(イラスト付きで嬉しい……家宝!)も、お気遣いたっぷり。
その柔らかな対応力は、常に学ばせていただきたいと思う存在です。
連載開始前には、綿密な章立てと作品内時系列表もくださいましたが、話が進むにつれ、「こう来ましたか!」という変更や想定外のセリフやコマも多く、嬉しい驚きをたくさんいただきました。
「描いているうちに(主人公の妻の)美咲の気持ちを理解することができました」と先生ご自身が仰っているように、連載中に生じた軌道修正や気づかれたこともあったそうで、まさに「作品は生き物」であることを担当編集としても実感した次第です。
さらに、台詞間の空きなどの指定、コマの空白の空け方も絶妙で、読者に登場人物たちの内面を想像させてくださる余韻の作り方は鳥肌ものでした。
眉毛の動き、肩の落とし方など、一本の線のみで心情を炙り出す表現力は今さら申し上げるまでもないのですが、先生ご自身が豊饒な想像力をお持ちだからこそ、繊細なところまで描き切れるのだと思います。
一見、ほのぼのとした可愛らしい絵で癒されますが、その奥の「凄み」の深度は計り知れません。
(編集/今野加寿子)