2021.5.23
「『ハチミツとクローバー』は残酷だから安心できる」。読書猿さんが救われた傑作漫画3選
読めば読むほど打ちのめされる
また、この作品の残酷さは、生まれ持った才能から逃れられない天才、そして、天才と天才に挟まれる凡人、それぞれの苦悩を通しても、容赦なく描かれます。
通常、フィクション作品に登場する「天才」は、普通の人ができないことが何でもできてしまう人物としてスペックが過搭載され、憧れの対象として描かれがちです。しかし本作で焦点が当てられているのは、天才のどうしようもなさや、狂気と隣り合わせのシリアスな部分。
青春恋愛作品として取り上げられることの多い本作ですが、むしろ天才と凡人それぞれの苦悩と悲劇こそメインテーマといえるのではないでしょうか。
天才芸術家の主人公・はぐちゃんも、森田先輩も、その才能がゆえに、創作をせずには生きていけない、己のカルマから逃れられない存在として描かれます。
この作品を読んだ人たちは天才のことを、単純にカッコイイとか羨ましいなどとは思えなくなるはずです。
なんでこんな作品が描かれたのか、と時々思うんです。それは多分、ほかならぬ作者自身が天才だからじゃないのか、と。
「ハチクロ」は天才である作者がこの世で生きるための隙間を生むために作り出した世界なのだと思います。
一方、はぐちゃんに恋をする竹本くんは、十分高い能力をもつ秀才で、20代前半とは思えないほどの洞察力があり、性格も良い好青年であるにもかかわらず、天才に囲まれるがゆえに、自分の凡人性を突きつけられ苦しみます。
これは多くの読者にとっても同じでしょう。私もこの作品を読むたびに、自分が天才ではないことを痛感して打ちのめされます……。
こうして「ハチクロ」を読み込んで、その登場人物たちの感情に入り込めば入り込むほど、そして同時代を生きる作者の天才性を感じれば感じるほど、何層にも打ちのめされるのですが、それでも落ち込むたびに手に取りたくなるのは、「正しい落ち込み方」ができるからだと思います。
正しくない落ち込み方というのは、心身ともに限界なのに、どこかでもっと頑張ればできると思っているような、自分の中がバラバラな状態。
溺れた時、無理に手足をバタバタさせて浮かび上がろうとすると余計に溺れやすくなり、一度しっかり沈んで水に静かに身を任せた方が浮きやすくなるように、落ち込んだ時もジタバタしない方が、回復が早くなります。
「ハチクロ」は、世界の残酷さにしっかりと打ちのめされ、正しく落ち込みたい時にもってこいの作品です。