2021.5.5
手塚治虫文化賞受賞作 『妻が口をきいてくれません』作者・野原広子さんが考える「幸せな夫婦」とは
いい夫、いい妻、だから幸せな家庭ではない
――エッセイストの酒井順子さんが書評の中で挙げていらした「雷に打たれて死ね」は、連載中に読者からも多数の反響が届いた場面でした。「(自分では手を下さずに)事故で夫が死んでくれればいいのに」という主人公の思いに、日本中の女性から共感の声が上がったことについて、率直にどう思われますか。
「雷に打たれて死ね」は取材の中で実際に聞いたセリフです。私の中でもとてもツボにハマりまして、美咲のセリフに使わせていただきました。
冗談まじりにうかがったセリフですが、冷静に考えるととても衝撃的な言葉です。
「死ね!」の一言でもなく、“稲妻に打たれて死ね”という、深い怒りが見えるのです。しかも、“雷”というところに自分から離れたところでという距離感も見えるわけでして。でも、自分で手を下そうとしていないところにまだ愛はあるのかな、とも感じます。
夫に「死ね」と思いながらも夫婦関係を続けている人は多いと思いますが、そう言いながらもどこかにまだわずかな希望と期待を持っているから夫婦関係を続けているのではないか? と、期待を込めて思いもします。
相手が死ぬまで我慢とかあきらめで夫婦関係を続けていくのは、想像しただけで苦しくなってしまいますね。せっかくの人生なので、笑って生きてもらいたいですよね!
――では、野原さんにとっての「幸せな家庭」とは? 自分自身も家庭も「幸せ」であるために大切なことはなんだと思いますか。
特に自分が離婚してから思うのですが「いい夫、いい妻、だから幸せな家庭ではない」と感じています。
たぶんなんですけど、嫌なところも許せて受け入れられる関係が幸せな家庭なのかな? って思いますね。
――本作は、コロナによって世の中が大きく変化し、人によっては家での過ごし方や家族との関わり方も大きく変わる中での、連載・単行本化となりました。コロナ禍で様々な夫婦を取材される中で、印象的だったことやあらためて気づいたことなどはありますか。
コロナによって外出ができないとか、行動が制限される中で、それでも仲良しな夫婦、やっぱりこの人といるのは苦しいと再確認してしまった夫婦、それぞれいらっしゃいますね。
凝縮された環境で気づいたことも多かったですね。
もしかしたら、もしものことがあるかもしれない、という思いもよぎる環境の中で、これからの自分の人生を考えた人も多いと思います。
印象的だったのは、ふだん会話のない夫から「大丈夫か?」ということを言われて、「会話がないからといって嫌いというわけでも心配していないわけでもないと知った」という奥様がいました。それは心が温まりましたね。
――いまだ完全収束が見えないコロナ対策や、リモートワークの普及によって、これからも一つ屋根の下で長時間を過ごす夫婦が増えていくと思われます。そのような状況において、夫婦円満の秘訣はどのようなものでしょうか。
夫婦ずっと一緒にいるのが苦しい方には物理的な距離感を作ることも大事かなと思います。壁を一つ作ってみるとか、それだけでも大きく違うかもしれませんね。
話はちょっと違うのですが、うちの娘が学校に行かなくなったことがあったんです。母と娘が家の中にずっとこもって悶々とストレスが溜まっていくのですが、時々わーって、ケンカをするとスッキリするんですよね。たまに思う存分ケンカするのもいいかもしれないですよ。
――最後に、読者にひとこと。特に、現在夫婦関係に悩む人、美咲の辛さと絶望に心から共感した読者へのメッセージをお願いします。
私は『妻が口をきいてくれません』を描いてみて、まず男性側の気持ちを初めて見た気がしたんです。男の人もこんなに辛いんだ、夫も傷つくんだ、と。当たり前のことを忘れていました。
口をきかないって、もし、友達間でやられたら本当にひどいことなんですよね。激しく落ち込む案件です。
夫婦間だとそれに気が付かなくなっている。恐ろしいことです。
その後に、妻側の強い夫への怒りを知るわけですが、「世の中の妻たち、こんなに怒っていたのか!」と想像以上に怒っていて焦りました。「ご、ごめんなさい!」とつい謝りたくなるほどに。妻たちは小さい怒りを忘れずちゃんととっていますよ……。
『妻が口をきいてくれません』を読むことで、夫の気持ち、妻の気持ち、それぞれ客観的に見ていただくことで夫婦の関係に悩む方に何か気づいていただけたら幸いです。
第25回 手塚治虫文化賞・短編賞受賞!
第25回手塚治虫文化賞・短編賞受賞作!
FRIDAYデジタル、婦人公論.jp、文春オンライン、ダ・ヴィンチニュース、レタスクラブニュースなど、各メディアでも反響続々。