2021.4.25
ノンフィクション作家・菅野久美子さんが選ぶ「90年代、壊れそうな少女だった私に寄り添ってくれた本」
前回は、「よみタイ」で「この世の隅っこの『むう』な話」を好評連載中のスズキナオさんが、どうにも元気が出ない時に手に取る本をご紹介くださいました。
今回は、ノンフィクション作家の菅野久美子さんが、何かと問題視されてきた“82年生まれ”として、青春時代をともに過ごした2冊の本をご紹介します。
1982年に生まれた私たちをつかまえた、桜井亜美
高校時代、同級生の女子の間で、本をこっそりと回し読みするのが流行っていた。ポケットに忍ばせやすく、金額的に手が出しやすい文庫本たち。
メディアでは連日ナイフを持ったキレる少年の話題が報道され、お茶の間を占拠していた。98年には、中学1年生の男子生徒が女性教師をナイフで刺殺。補導歴も校内暴力もない模範的な生徒だったが教師に注意され、カッとなりナイフで刺したという。東京都でも中学3年生がナイフで警察官を襲うという事件が立て続けに起きた。「キレる17歳世代」そして、悪名高き「酒鬼薔薇世代」、それが私たちの世代の蔑称だ。
しかし、そんな私たちの無力な声なき声に寄り添ってくれる数少ない理解者がいた。それが、小説家の桜井亜美ことアミーゴだ。
「ねぇ、アミーゴの小説、新刊出た? 持ってたら貸して」
「出たよ出たよ。ほら、これ新刊!」
「わぁ、嬉しい。楽しみ! かんちゃん、ありがとー」
教室の私の机の周りに、女子たちがわっと群がる。スマホもなく、ネットも今ほどは普及していなかった時代。無類の本好きだった私は本屋に行くことが日課で、誰よりも桜井亜美の新刊が店頭に並ぶことを心待ちにしていた。私はアミーゴの新刊が出て、いち早く自分が読み終わるとクラスの女子たちに回した。
テレクラに、援助交際。建前だけの大人たちを尻目に同世代の少女たちは、「性」に乗り出していく。私が住んでいた九州の片田舎でも、それは例外ではない。私の周りの援交少女たちが、桜井亜美の小説にすぐに夢中になった。主人公は同時代を生きる等身大の少女たち。
嗅覚の鋭い少女たちは、自分の敵味方を俊敏に嗅ぎ取る力に長けている。身の周りの大人たちの誰もが敵であっても、本の中のアミーゴだけは徹底的に「こっち側」の人間であることを、私たちは知っていた。私たちはアミーゴが紡ぎ出す言葉が、みんな好きだった。だから、私が読んだアミーゴの本はクラスの女子高生たちの間を一周して、戻ってくる頃にはヨレヨレになった。しかし、私はなぜだかそれが誇らしくもあった。桜井亜美の小説は、私たち女子高生のバイブルだった。
そんなアミーゴが、少女ではなく少年の酒鬼薔薇聖斗をモチーフにした異色作が、『14 fourteen』である。家庭や学校からズタズタにされた孤独な14歳の殺人者である少年の内面を繊細なタッチで描き出した傑作だ。