2021.3.28
人気エッセイストのスズキナオさんが弱った時に読む2冊「人間は筒のようなものだという気持ちを取り戻させてくれる本」
前回は、タレントで、初のエッセイ集『わたしもかわいく生まれたかったな』が好評発売中の川村エミコさんが、「悩んだ時、立ち止まった時、心を溶かしてくれる」という大切な1冊を紹介。
今回、愛読書を紹介してくれるのは、著書『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』などで知られるフリーライターのスズキナオさんです。
「よみタイ」では「この世の隅っこの『むう』な話」を好評連載中のスズキさんが、どうにも元気が出ない時に手に取る本とは……。
(構成/よみタイ編集部)
妙に弱くなってしまう時が、どうしてもある
どうにも元気が出ない時がある。私の場合、そういう時はだいたいいつも他人と自分を比べ、「あの人はこんなにすごいのに、一方の自分はどうだ……」と自信を失っている。自分の存在が頼りなく思え、情けない気持ちになって、その結果、他人に嫉妬したりしてしまう。
そうやってクヨクヨと落ち込んでいる時間からは特に得られるものがない。ヤケ酒を飲んで具合が悪くなったりして、まったくいいことがない。それでもたまに自分が妙に弱くなってしまう時が、どうしてもある。
十年以上も前に見たテレビ番組の『情熱大陸』、画家の大竹伸朗が特集された回で、カメラクルーが大竹氏のアトリエを訪れると、プロレスラーのジャイアント馬場の歌声が響いている。身長2メートルを超える体躯から発せられるのは低くて太い「ボエーッ」とした歌声だ。大竹氏はジャイアント馬場の歌を愛聴しているそうで、「これ聴いてると、人間って大きな筒なんだって感じがするよね」と言う。私はその言葉が好きで、ずっと憶えている。
そう、人間は大きな筒なのだ。食べて飲んで排泄して、吸ったり吐いたりして。別に私たちはこの世に何かを残すために生まれたのではなく、筒のように、入ってきたものを外に通していくだけで十分なんじゃないかと思う。出世する、名前を残す、人にすごいと言われたいとか、そんなことは大きすぎる脳が考え出した余剰で、本来の私たちは、好きなものを見たり聞いたり食べたりして、この世に生きていることをただ感じられたらそれでいいのだ。と、そんな風に思えるようになるとだんだん回復していく。
今回は、私が考えても仕方のないことでクサクサとしている時、いつも「筒のような気持ち」を取り戻させてくれる本を紹介したいと思う。
東京の楽しみ方を教えてくれる本
一冊目は沼田元氣『ぼくの伯父さんの東京案内』だ。2000年に出版された本で、すでに絶版のようだけど、古書検索サイト等では簡単に見つかるから探してみて欲しい。この本が出た当時、私は早稲田の書店でアルバイトをしていて、本の並ぶ棚を整えている時に「あれ、こんな本あったっけ?」と手に取り、レジまで持っていって仕事をサボりながらページをめくり(そんなことばっかりしていたからバイト先での私の評判は散々だった)、そして買って帰った。
独特の湿度を感じる美しい写真と言葉とで東京の楽しみ方を教えてくれる本だ。
“孤独を愛する都会の仙人”である「ぼくの伯父さん」が日々の暮らしに見出すささやかな楽しみ。それはふらっとバスに乗って東京の町を眺めることだったり、雨の日にあまり人がいない遊園地を歩いてみることだったり、お気に入りの古本やレコードと一緒にプリクラを撮ることだったりする。どれも決して派手なものではないが、派手なものじゃないからこそ、いつでも手を伸ばしたところにあってくれるような楽しみばかりだ。この本を読んでいると、魅力的なものはいつもすでに近くにあって、今の自分がたまたまそれを見過ごしているだけだということに気づく。
この本を買って以来、沼田元氣は私の散歩の先生としてずっと心の中にいる。著作はどれも素晴らしいものばかりだが、最初に出会ったこともあってか、特にこの本に思い入れがある。