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東大はじめ高学歴出身家系である母が、父を透明人間のように扱うようになって……。【おおたとしまさ新刊『中受離婚』一部試し読み】

11月2日におおたとしまささんの新刊『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』が刊行されました。

子どもは無事に合格したものの、受験期間のすれ違いから破綻してしまった3組の夫婦について、「夫」「妻」「子」それぞれの立場から語られる衝撃のセミ・フィクション。 
今回は本書の刊行を記念として、『中受離婚 夫婦を襲う中学受験クライシス』「第一章 夫」編「第二章 妻」編に続く、ラストの「第三章 子」編の冒頭一部を試し読みいただきます。

(構成/よみタイ編集部) 

二人で来なければいけないバースデイキャンプ

 大きな背中に必死にしがみついていた。温かかった。エンジンの轟音と風を切る音しか聞こえない約3時間半。ようやく目的地の湖に到着した。自分はただしがみついていただけなのに、達成感がある。

「よし、降りていいぞ」

 父に言われて、緑川ソウタはバイクから飛び降りた。長いことエンジンに揺さぶられ続けたせいで、船から下りたときのように、なんだか体がふわふわする。
 この日はソウタの11歳の誕生日だった。父と子のいわばバースデイキャンプに来ている。

「うわぁ、富士山がおっきい!」

 ヘルメットを脱ぐと、ソウタは西日に照らされる巨大な富士山を仰いだ。キャンプ場を囲む山の緑のところどころに、もみじの赤や黄色が差し色となって、鮮烈なアクセントを加えている。湖面は穏やかにさざなみ、うっすらと映る逆さ富士を揺らす。
 ひんやりとした風に乗った焚き火の香りが、鼻をかすめた。ソウタは大きく深呼吸する。空は高く晴れているが、空気はなぜか湿っていた。

「おーい、ソウタ。これを持てるか?」

 バイクのエンジンを切った竹晴は、くくりつけてあったテントの袋を降ろしながら、息子に呼びかけた。

「うん!」

 事務所で竹晴が手続きするあいだ、ソウタは茜色に染まっていく富士山をじーっと観察していた。

「テントを張っていいのは、あっちの広場だ。日が暮れる前に、急いでテントを立てよう。どのあたりがよさそうかな?」

 幸い、キャンプ客はまばらで、テントサイトには余裕があった。

「パパ! あの大きな木の近くなんていいんじゃない?」
「よし、じゃあ、そうしよう! テント、自分で張れるか?」
「僕、できるよ。サマーキャンプで何度もやったから」
「よーし、やってみよう」

 ソウタは夏休みのうち約1カ月間、親元を離れ単身で長野のサマーキャンプですごした。日中はさまざまなアウトドアアクティビティーをやらせてもらい、食事も子どもたちで自炊し、夜はテント泊する。
 テント泊には少々辟易していたので、サマーキャンプから帰って来るなり、こんどは二人でキャンプに行こうと誘われたときには、正直、「え、また?」と思ってしまった。でも、今回ばかりは二人で来なければいけない理由があることを、ソウタも知っていた。
 ふたりは慣れた手つきでテントを張り、荷物を中に収める。

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おおたとしまさ

おおたとしまさ/教育ジャーナリスト。
1973年、東京都生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育媒体の企画・編集に関わる。教育現場を丹念に取材し斬新な切り口で考察する筆致に定評があり、執筆活動の傍ら、講演・メディア出演などにも幅広く活躍。中学・高校の英語の教員免許、小学校英語指導者資格をもち、私立小学校の英語の非常勤講師の経験もある。著書は80冊以上。

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