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役員まで勤め上げた俺なのに……定年退職後の居場所は酒しかなかった男性

高齢者のアルコール問題

 高齢者のアルコール問題で重要なのは、関係者や家族へのアプローチです。基本的に困っているのは本人よりもケアマネージャーやヘルパー、そして家族なので、彼らからの相談によってアディクション・アプローチは始まります。つまり、最初に困っていると表明した人がファースト・クライアントなのです。
 多くの家族はアルコール問題を誰にも相談できずに抱え込みます。そして、その問題に振り回され疲弊していくのです。
 いいお酒だと思っているのは飲んでいる当人だけで、家族は「酒をやめてくれ」、さらには「早く死んでくれればいいのに」とまで思っているケースもあります。
 以前、アルコール依存症と知りながら「酒を飲ませておいたほうが静かだから」という理由で好きなだけ飲ませて、失禁した状態でも放置していた家族がいました。これは合法的な殺人行為だと怖くなったことを覚えています。高齢者虐待のケースとして介入した時点では、本人は低栄養と脱水でやせ細り、命の危険を感じる状態でした。その隣で、家族は普通に日常を過ごしていたのです。

家族間での虐待に発展することも……

 このように、高齢者のアルコール問題の場合、若い世代のアルコール依存症者が家族に暴力を振るったりするのとは逆に、家族から虐待されるというケースも多々あります。
 昔のような「妻は専業主婦で夫が終身雇用」のパターンだと、家や車のローン、子どもの学費や保険料などを抱えている働き盛りの時期に夫がアルコール依存症になったとしたら、夫が働けなくなると路頭に迷ってしまうという危機感から、家族も必死になって治療を受けさせようとします。つまり、「今あなたに倒れられたら困る」というわけです。
 一方で、定年退職後には年金が入ります。妻からすれば、夫が働かなくても自動的に国からお金が口座に振り込まれるので、経済的な底つきの心配がなく、飲ませておいたほうが静かになるのならと放っておいたりするケースもあります。
 
 高齢者のアルコール依存症は「静かなアルコール問題」とも言われますが、飲みすぎて失禁したり、飲んだ後ずっと同じ姿勢で眠り続けるなどして、深刻な褥瘡じょくそう(床ずれ)ができることもあり、介護負担を大きくします。前述のような理由で、家族がわざわざ治療につなげる必要もないと判断し、放置状態になることもあります。
 そのまま放置すると、もちろん高齢者虐待のケースとして介入が必要になります。
 家族から暴言を吐かれたり、ときにはつねったり蹴られたり、中には顔面を殴られたりする高齢のアルコール依存症者もいます。クリニックでよく発覚するケースとしては、体のあざです。本人は「転んだ」と言って否定しますが、虐待によるあざは転倒によるあざと全く異なるため、はっきりわかります。虐待の傷の多くは、ももの裏や二の腕、背中の手が届かない場所にあります。転倒では絶対につかない場所です。

 それは家族にとっては「復讐」の意味もあるのでしょう。若いときには仕事一筋(ワーカホリック)で家にはほとんどおらず、週末は接待と称したゴルフ、子育ても放棄、挙句の果てに飲酒しては家族に暴力・暴言、全く家庭を顧みなかった夫が、定年後、そこしか戻る場所がなく、妻からの復讐として虐待される。暴力は決して許されることではありませんが、ブーメランのように返ってくるのです。こうなると、子どもも当然味方にはなってくれません。父親が母親にしてきた仕打ちを知っていて恨んでいますから「何を今さら」と放置されてしまいます。なおかつ、当事者である夫が働かなくても妻には年金が入ってきますから、お金には困りません。
 そのため、高齢者のアルコール問題は見過ごされることが多く、非常に介入しづらいのです。困っているという自覚があまりない家庭ではアルコール問題が放置されていることも多く、この場合、困ることになるのは、介護に入っているヘルパーやケアマネージャーです。要介護認定後の高齢者の場合、現場でサービスを提供するヘルパーからの報告で、地域包括支援センターから専門機関に相談が寄せられ、治療につながるケースがあります。

 ここ10年くらいは高齢者のアルコール問題と認知症についての講演依頼も非常に増えてきました。
 2025年には約3人に1人(3677万人)が65歳以上になると推定されていますから、高齢者のアルコール問題は、今後さらに増加するでしょう。
 実は、高齢期はアルコール問題の好発期なのです。そして、介護にはアルコール依存症になる前の夫婦関係も大きく関わってきます。
 団塊世代の定年退職、熟年離婚、核家族化と単身高齢者の増加、8050問題、アルコール飲料の低価格化と貧困問題……。高齢者のアルコール問題からは、日本の家族の問題が見えてくるとも言えるのです。

(編集協力:西野風代)

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斉藤章佳

さいとう・あきよし
精神保健福祉士・社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。
1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニアなどあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動を行っている。また、小中学校での薬物乱用防止教室、大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでもたびたび取り上げられている。著書に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』がある。

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