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あなたの飲み方、大丈夫? 安く、飲みやすく、簡単に酔える、アルコール度数9%以上の「ストロング系チューハイ」の登場によって、お酒の問題を抱える人が増えています。 精神保健福祉士・社会福祉士である斉藤章佳が、酒飲みにやさしい国・日本のアルコール問題をさまざまな視点から考える『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)。 書籍の内容を一部変更して、お酒を飲みすぎてしまう人たちのケースを全6回にわたり紹介します。 ひょっとしたら、身近にいる誰かの顔が浮かぶのではないでしょうか。

ワンオペ育児中の母親が陥った、ママ友ストレスからのアルコール依存

●30代女性 Aさんのケース

 3歳の男の子を持つ専業主婦のAさんは、夫が仕事で忙しく、いわゆる「ワンオペ育児」状態で、初めての育児に孤軍奮闘していました。
 夫婦ともに地方出身、東京で結婚したため、お互いの両親は近くにおらず、まだ現役で仕事をしていることもあり、なかなか頼ることができません。もともと真面目で他人からの評価を気にするタイプのAさんは、悩みを抱え込みやすく、育児本を読みながら、一人で子育てを頑張っていました。
 
 Aさんは、幼稚園のママ友たちとLINEでつながっていて、十数人のグループLINEに入っていました。初めは、子育てや夫の愚痴を言い合ったり、誰かが「うちの子のトイレトレーニングがなかなかうまくいかなくて……」という相談を持ちかけると、「うちの子の場合はこうでしたよ」と返信したりしていました。
 
 しばらくはうまくいっているつもりだったのですが、グループ仲間たちの夫の職業や年収、家庭の経済状況、子どもにはきょうだいがいるのか、何人産むのか、小学校はどこに行かせるのか、など絶対に触れてはいけない話題があちこちにあり、Aさんも次第に話を合わせることがストレスに感じるようになってきました。同じような境遇の女性同士で思ったことを正直に言い合えるゆるいコミュニティだと思っていたのに、実際はそうではなかったのです。
 
 おそらくグループLINEでの発言が、誰かの気に障ったのかもしれませんが、はっきりとはわからないまま、いつからかグループ仲間から避けられていると感じるようになりました。そのうちLINEをチェックしなくなると、細かいママ友情報も入らなくなり、幼稚園での話題から完全に取り残されていきました。次第に、幼稚園に子どもを迎えに行っても、先生以外誰とも話さずに帰るようになったのです。

最初はご褒美のつもりの缶チューハイが……

 こうして、ママ友との付き合いに悩み始めた頃から、子どもを寝かしつけた後、寝酒のつもりで飲酒することが増えてきました。最初は、アルコール度数5%の缶チューハイ(350㎖ )1本でした。
 
 やがて、子どものお迎えの帰りに、一緒にファミレスに行って、お酒を頼むようになりました。子どもはお子様ランチを頼むと、おもちゃがもらえるので、それでしばらく楽しんでくれます。あとはYouTubeを観せておくと静かなのでずっとスマホを渡しておきました。その隙に、お酒を飲むのです。ファミレスなら、あまり罪悪感もなく、ワインやカクテルが安く飲めるので、徐々にその量も増えていきました。
 そして、そこで出会ってしまったのが、アルコール度数9%のストロング系チューハイです。アルコール度数が高いほうがコスパもいいと思い、気軽に頼んでみたところ、口当たりもよく、1本でふわっと高揚するような気分になるので、すっかり気に入ってしまいました。そのうち、家で飲んだほうが安いので、お迎えの帰りにスーパーマーケットに寄って、ストロング缶(ストロング系缶チューハイ)500㎖を3本買い、家に着くとすぐに飲酒するようになりました。
 
 ある日、夫が大量の空き缶に気づき、驚いてAさんを問いただしました。その瞬間、Aさんは、ふっと糸が切れたようにその場で泣き崩れ、これまでのことを全て夫に話しました。

 この頃のAさんの飲酒量は、ストロング缶500㎖が一日5本になっていたのです。アルコール依存症の離脱症状である不眠や集中力の低下、手の小さな震え(手指振戦しゅししんせん)も出始めていました。
 見かねた夫は翌日会社を休み、依存症専門クリニックにAさんを連れて行きました。Aさんは現在、週に1回の外来治療(カウンセリング)と薬物療法で断酒を継続しています。

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新刊紹介

斉藤章佳

さいとう・あきよし
精神保健福祉士・社会福祉士。大森榎本クリニック精神保健福祉部長。
1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル、薬物、摂食障害、性犯罪、児童虐待、DV、クレプトマニアなどあらゆるアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践、研究、啓発活動を行っている。また、小中学校での薬物乱用防止教室、大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、全国での講演も含めその活動は幅広く、マスコミでもたびたび取り上げられている。著書に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』がある。

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