2024.12.14
トイレでサボっている人を見抜けるか? 統計・確率のプロ「アクチュアリー」の視点
保険や年金などの分野で、確率や統計の専門知識を用いるプロフェッショナルです。
今回、アクチュアリーとして働く、いわしさんにエッセイを寄稿いただきました。
テーマは「トイレで頻繁に会う人」です。
確率・統計のプロならではの、独自の視点をお楽しみください。
トイレで頻繁に会う人
「またお前か。」
トイレに行く度に会う人がいます。
見た目には40代くらいの私より年上の男性です。
同じトイレを使う同じフロアの人ということで、同じ会社の人間であることは間違いないのですが、名前は知りません。名前は知りませんが、「またお前か。」と心の中で嫌味を言いつつも、年功序列が色濃く残る弊社では自然とこちらからの会釈は欠かせませんし、トイレ入口の狭い通路では、すれ違うために相手の進行を邪魔しないよう私が率先して脇に避けることも反射的に行えるようになってきました。
また、私はトイレに小走りで向かうのが日常です。忙しい合間を縫ってトイレに行く間にも「あの件なんだけどさ。」と誰かに話しかけられてはトイレにいけなくなるので、話しかけるなオーラを発するためトイレ方向の一点を見て向かいます。一方で、よくトイレで会う相手は、暇を潰すネタを探すかのように 周りをキョロキョロ見渡しながら、至極ゆっくり歩いているのをいつも目の当たりにします 。
この男性とトイレで頻繁に会うのは偶然なのでしょうか。
確率の専門家・アクチュアリーはこう考える
はじめまして「いわし」と申します。
突然ですが、私は「アクチュアリー」という仕事をしています。
「アクチュアリー」という言葉を日頃耳にする方は少ないと思いますが、公認会計士や弁護士のような資格の名称です。内容は確率や統計の専門的知識を使って生命保険や損害保険等、病気になる確率や災害が起こる確率を計算し、保険料(保険の掛金)の算出やリスク管理を行います。最近では資産運用やコンサルティング、データサイエンスの分野でも確率・統計の知識やスキルが重宝されていると聞きます。
とは言っても、国内に公認会計士は約4万人、弁護士は約4.5万人の資格保有者がいる一方で、アクチュアリーは約2千人しかいない少数民族です。
確率・統計と聞くと「ギャンブル(賭け事)で使う知識でしょ。」だったり「数学が分からないと理解できないんでしょ。(これは否定できないのですが)」という印象があって、あまり馴染みのない世界かと思いますが、アクチュアリー(=確率・統計の専門家)は日常でもこういった知識をフル活用して生きていることをご紹介できればと思っています。
今回は、アクチュアリーが持つ確率・統計の知識を使って、冒頭のトイレの疑問を考えたいと思います。
私(男)は残業がなければ1日にトイレに6回ほど行きます。午前中に2回、午後に3~4回くらいです。午後は眠気が襲ってくるため、コーヒーをがぶ飲みしているせいでしょうか。(どうでもいいですが、セブンイレブンのコーヒーのLサイズを1日2回は買いに行きます。)
仕事をしているフロアでは数百人が働いており、トイレは一か所で同じトイレを使っています。そのため、色んな人に満遍なく遭遇しているはずで、普通に考えれば「またお前か」という印象を持つこともないか、印象を持ったとしても少なくとも片手の人数くらいには分散されるはずです。しかし、前述の男性1人だけ異様に「タイミングが重なるなぁ。」と印象に残っています。
「タイミングが重なる要因」として考えられる理由が2つあります。
一つ目の理由が「偶然タイミングが重なる(理由①)」ということ。生活リズムなのか、セブンイレブンのコーヒーをその人も私と同じように毎日2杯飲んでいるのか分かりませんが、少なくとも何百人もいる中で唯一印象に残っている人物なので、DNAレベルで共通点があるのでしょう。
二つ目の理由が「相手のトイレの頻度が多い(理由②)」というものです。私のトイレ回数にあまり変化はなく、外出・会議等で減ることがあっても増えた記憶はありません。そうすると、遭遇する回数が増えるためには相手のトイレの回数が多いことが予想されます。極論、その人が常にトイレでサボっているのならば、私との遭遇率は100%になります。
アクチュアリーでない普通の人はここで悩むことを辞めてしまいますが(別に悩みでもないですが)、日頃こっちは忙しいのにも関わらず相手に気を使っている恨みも相まって、「確率・統計を使って定量的に考えてみよう。」と思った次第です。
具体的には確率・統計を使って「タイミングよく遭遇するのは単なる偶然なのか。」「偶然でないならば、相手がどれくらい1日にトイレに行っているか。」を、確率を使って検証してみようと思います。
全体像としては「私のトイレの回数は1日で6回と決まっており、トイレに行くタイミングはランダムである」として「相手のトイレの回数はn回(=分からない)と仮定して、相手もタイミングはランダムである」とします。
そのうえで「n回」を徐々に増やしていって、どこかで偶然とは言えない確率で遭遇するような「n回」が判明すれば、それが相手の1日のトイレの平均的回数であるということになります。もちろん理由①の「相手のトイレに行くタイミングが偶然一緒」という可能性も残っており、コインを投げて裏表が出る確率が50%の一方で、コインの表が10回連続で出る(=約1000分の1)ことがあるのと同様に否定はできません。
ただし数か月(弊社はあまり在宅ワークができない環境なので。泣)の観測の中で、その人以外に「タイミングが同じだなぁ」と思う人がいなかったこと、それなりの観測期間を費やしてきているので、理由①の可能性はほぼないように感じます。後ほど「相手が私とトイレに行く回数が同じで、かつ遭遇するペースが一緒になる」という確率も算出しているので、その多寡で理由①があり得るのかあり得ないのか判断したい思います。