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「誘うのはいつも私ばかり…」友人関係を維持するために必要なもの【こんな質問が来る 第6回】

社会学者の中井治郎さんが運用する「ジロウ」というX(旧Twitter)のアカウントには、匿名で質問を投稿できるウェブサービスを通して毎日50個以上の質問が届く。
ジロウがXに返答やリアクションを載せると、たびたびSNS上での「バズ」や時に「炎上」が起きる……

前回は、「なぜ関西人は東京でも関西弁をしゃべり続けるのか?」という問いの深層にあるものを考えました。
今回は、「誘うのは私ばかり」という友人関係の悩みを取り上げます。
イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

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あなたは「誘う人」だろうか、「誘われる人」だろうか

 たとえば、こんな質問が来る。

「友達と遊ぶとき、誘うのはいつも私ばかりです。これっておかしくないですか?」

 多くの人にとって身に覚えのあるタイプの心のささくれだろう。誰かに愚痴るにも、そんな細かいことを気にしている自分が余計にみじめな気がしてプライドが傷つくし。
 でも、やっぱりもやもやするし……。

 そんな詠み人知らずのやるせない思いが、今夜もうちの質問箱に流れ着く。

 それにしても「私ばかり」という言葉に、なんともわりきれない切なさがにじむお便りである。

 さて、あなたは「誘う人」だろうか、「誘われる人」だろうか。

 しばらく会えていない友人に「今度ごはんいかない?」と、あなたが最後に声をかけたのはいつだろう。さあ、LINEやDMの履歴をスクロールしてみよう。

 ……あ、あー、ごめんなさい。
 何がとは言いませんが、各位、本当にごめんなさい。

 まず、大事なことは、長く続く友人関係ほど役割が定まっているということである。自分の友人関係を思い出してみてほしい。ボケとツッコミ。先に立ってリードするタイプと後ろからフォローするタイプ。長く続いている友人同士ほど、いつものお決まりの役割がばしっと決まっているのではないだろうか。

 その役割は性格だけでなく、それぞれの生活やライフステージの条件にも大きく左右される。残業ばかりの仕事をしている人もいれば、ようやく子育てが一段落して久しぶりに自分のための時間を持てるようになった人もいるかもしれない。バイト終わりにそのままカラオケに飛び込んでフリータイムで朝まで騒ぐルーティンを週3でこなす人もいれば(かつての僕だ)、急に身体のあちこちが痛み出して人生のすべてにおいてやる気を失って暗い目で虚空を見つめている人もいるかもしれない(今の僕だ)。

 キャパシティやリソースもそれぞれの事情によりけりなのだ。だから友人関係において役割が定まるといっても、そこでそれぞれに求められるものはかならずしも均等な負担とはかぎらない。

 だからこそ「私ばっかり」と思ってしまった時は、友人関係を維持するためのコストの分担に無理が出ているのだろう。金銭的な負担なら目に見えて分かりやすい。しかし、気遣いや手間など、それ以外の負担を均等にしたり、またそれぞれの事情に応じた負担を配分するのはなかなか難しい。

 友人と旅行する際に「なんか、私ばっかり準備してる……」という不満がくすぶる問題も同様であろう。どうにも反応の悪い相手の分まで行き先の候補を挙げ、宿を探し、交通手段を調べ、予約を入れる。気がつけば、旅行代理店のような役割を一人で引き受けている。なぜこうなってしまうのだろう。相手は「どうでもいい」と思っているのかな。あれこれ心配して思いを巡らしているのは自分だけなのかな…。つい、そんなことも考えてしまう。

 しかし、この不平等は単にあなたの「片思い」というだけではないかもしれないのだ。

 そもそも、大人同士が友達でいつづけるのは、じつは簡単なことではない。

 たとえば、文化祭や体育祭、修学旅行、そして部活などが友情を深めてくれた思い出を持つ人は多いだろう。それらは友情をはぐくみ強化する仕掛けであった。つまり、学級制度や部活、そして各種の行事など、学生時代は学校によって友情を支えるインフラが大人から提供されていたのである。しかし、大人になってからは自分自身で動いてそれらの仕掛けを立ち上げ、メンバーに声をかけて回り、メンテナンスする必要があるのだ。しかも、この令和という、他人の時間を邪魔することが何よりはばかられる時代に、だ。

 声をかけていいだろうか。みんな忙しいのではないか。
 いや、自分だけが暇なのではないか。
「あいつ暇なだけじゃん」と思われるのではないか……。

 そうやって今日もわれわれはスマホを握りしめて、もじもじしている。

「ポイ活」という言葉も定着して久しいが、最近、「会計を済ませる幹事だけにポイントが貯まるのがズルい」という趣旨の広告が話題になった。いや、炎上した。件の広告は早々に撤去され、延焼の規模もさほど大きくなかったが、興味深い騒動であった。

 参加者の日程を調整し、全員が受け入れ可能な予算感を割り出し、また好みやわがままを考慮しながら店を選んで予約を入れ、当日は店と交渉しながらドタキャンなどの不測の人数変更にも対応する。幹事はたいていそのすべてを引き受けている。そして、その役割はたいていいつも同じ人に回ってくる。

 この「幹事ばかりポイントをもらってズルい」という不満が興味深いのは、それが単なるせこい話ではないからだ。その不満は、利益の分配には敏感でありながら、人間関係を維持するためのコストにはあまり目が向いていないことを示している。

 そもそも友人関係は、放っておけば続くものではない。誰かが声をかけ、日程を調整し、場所を決める。そうした手のかかる企画や調整を誰かが担っているからこそ続いているのだ。しかし、令和の世に登場した「幹事ばかりズルい」という新しい不満は、その労力の価値が見えにくくなっていることを示している。

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新刊紹介

中井治郎

(なかい・じろう)
1977年、大阪府生まれ。社会学者。龍谷大学社会学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。著書に『パンクする京都』『観光は滅びない』『日本のふしぎな夫婦同姓』がある。

X(旧Twitter)@jiro6663

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